第430話 ほどよい距離というもの

「なるほどな。ヒノモトの外では、人と魔であったものの融和が進んでおるか」


 九千坊が興味深そうに目をぎょろりと動かす。

 そして、盃に満たされた酒をぐいっと飲み干した。


「この国には合うまい。魔と人はほどよい距離を保ち生きて行くのが良かろうよ」


「そんなもんか」


「世界は魔王の危機に晒されたじゃろ。魔も人も引き裂かれ、互いに相争うた。それで頭数が大きく減ったと聞く」


「そうだな。総人口が半分切ったかもな」


「そりゃあとんでもない大虐殺があったんじゃのう!! 幸い、ヒノモトはかの大戦で人が減っておらん。この国は昔から、魔は魔、人は人として生きてきた国よ。あの魔王尊とかいうやつばらが現れるまで、そこそこ調和が取れておった。その魔王尊も、勇者殿がやってしまったのじゃろう?」


「おう、字面通り粉砕したぞ。宇宙まで連れて行ってな。粉々に消滅させた。平行世界に逃げる余裕も失わせたからな。二度と復活もできないし逃げることもできまい」


「とんでもないのう。お主、相撲という枠にはめなければわしですら全く勝負にならん次元の存在じゃな」


「勇者だからな」


「勇者だからという話ですらあるまいよ!」


 ゲラゲラ笑う九千坊。

 他のカッパたちは、俺が見せた魔王尊の最後を見て、「ほえー」とか「ひえー」とか呻いている。

 子どものカッパはウワーッと喜び、飛び跳ねている。


 俺を尊敬の目で見ているぞ。


「おとたんすごいでしょー」


「ゆうしゃさまはすごいなー。でもおまえはすごくないなー」


「なにー」


 おっ、マドカが挑発されている!

 マドカはなかなかガキ大将気質なのだ。

 侮られて黙っている性格ではない。


「まおはつよいよ!!」


「わっはっは、だったらおれにすもうでかってみろよ!」


「やるよ!」


 おお、マドカがちびっこ相撲を!

 勇者の娘が相撲をするぞということで、またまたカッパが集まってきた。


 ちびっこを養老の淵に入れるのはいけないので、ちびっこ相撲の土俵は地上に作られるのだ。

 可愛いまわしを付けてもらったマドカが、鼻息も荒く手をぺちぺち打ち鳴らしている。


 ルールは教えた。

 転んだり手をついたら負け。

 土俵の外に出ても負け。


 逆に、相手を転ばせたり、外に放り出したらしたら勝ち。


「まおいってくる!」


「マドカ、がんばれ~」


 カトリナが呑気に応援しているな。

 俺も何も心配していない。

 こういう実戦形式こそ、これまでマドカが培ってきた実力を発揮できる場だな。


「あ、マドカ。魔法は使ったら負けだぞ」


「わかった!!」


 物わかりが良い。

 こうして始まったちびっこ相撲だが……。


 マドカの相手は、二周りくらい大きなカッパの子ども。

 完全にマドカを舐めているな。

 捻り潰してやる、という顔で、両手を土俵についた。


「はっけよい、のこった!」


 始まった!

 カッパの子どもが、マドカを叩き伏せんと襲いかかる!

 だが、既にマドカはカッパの懐にいた。


「つあーっ!」


「ウグワーッ!?」


 突き倒し!

 いや、突っ張り一撃によってカッパの子どもが吹き飛んだ!


 彼はその辺の木にぶつかって、くるくる~っと目を回した。


「ま、参ったー」


「マドカの勝ちー!」


 うおーっと盛り上がるカッパたち。

 マドカは鼻息も荒く、なんか塩をぶわーっとばらまいた。

 相撲っぽい。


 その後、カッパの里の子どもたちを総なめにしたマドカ。

 里のガキ大将になってしまった。


 やっぱうちの子どもはつええなあ。


「とんでもない才能じゃのう! 鬼の血が混じっているとは言え、相撲でカッパをまとめて負かすかあ!」


 九千坊が呆れた。


「ああいう子どもがな。うちの里には割りとたくさんいる」


「魔境じゃ!!」


「反論する言葉がない」


 マドカは大暴れして腹ペコになったので、またカッパの料理をガツガツ食べた。

 豪快系女子である。


 そしてお腹が膨れると、カトリナの膝に頭をあずけて、ぷうぷう寝てしまった。


 この旅をたくさん続けると、マドカの雄々しさが増しそうである。

 それはそれでよろしくない。


 ただでさえ猛烈に強いので、これを自覚することは悪くない。

 だが、この強さには普通のお子さんは対抗できないので、天狗になってしまうのが心配である。


「そろそろ帰ろうかなあ」


「ホロホロ」


「トリマルはもうちょっとヒノモトにいるのか」


「ホロー」


「あ、雪? そっか。雪を見て帰るのはいいな! 日本の雪とはまた違う、ヒノモトの雪だ!」


「ホロホロー」


「ははあ、氷魔の里というのがあるの? 獣の毛皮をかぶって暮らしてる? 雪男みたいなものかあ」


 それは楽しみかもしれない。


「おーい、カトリナー」


「はいはい。雪国に行くんでしょ? それは私も楽しみだなあ」


「旅の最後の目的地で、雪で遊んで帰るとするか! なんか、こっちの亜人たちは亜人たちで、隠れ里で暮らすことにしているようだ。変に交流を生む必要はないな。だが……味噌をつけたきゅうりは絶品だったから勇者村と取引しよう」


 俺はこの地に、勇者村直結のコルセンターを設置することにした。

 そうすると、偶然向こうにクロロックがいる。


「やあやあこれはこれは」


「なんじゃ! お主の里にもカッパがおるのか! カエルに似たカッパじゃなあ」


「ワタクシカエル人でして。ややっ、味噌きゅうりですか。これは良いものですねえ!」


 早速きゅうりを丸呑みするクロロック。

 これを、九千坊が目を丸くして見ているのだった。


「きゅうりは歯ごたえがいいんじゃが……」


「喉越しもなかなかのものですよ」


 うんうん、これなら、カッパの里はうちの村の連中と仲良くできそうじゃないか。


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