第428話 カッパの里
「ホロホロ」
「なんと。トリマル、異種族たちの隠れ里も巡ってたのか」
「ホロー」
どうやらトリマル、これまでの成果を俺に見せたいらしい。
俺の子どもと同じようなもんだし、なんならこいつが長男だからな。
トリマルが見せたいと言うなら、見てみようじゃないか。
たたら場の指導は、コルセンターで鍛冶神に直接繋いだ。
宇宙船村が安定してきて、そろそろ運営を人間に任せてようと考えていた鍛冶神である。
『ほう、ヒノモトの鍛冶屋か。人間が鍛冶をやろうというのはなかなか挑戦的でいいな。安全なやり方を神が直接指導してやろう』
そういうことになった。
コルセンター越しに、輝く鍛冶神の姿を見たたたら場の人々、すっかりかしこまり、へこへこと平伏するばかりである。
「彼は遠き国の鍛冶の神だ。お前らがやってるたたらの仕事を司っている」
「ほへー!」
「この仕事そのものの神様は初めてだべ」
「君らがコツコツ、犠牲を出したりしながら技術を学んでいくのは構わないが、それはこの間みたいに自然神とぶつかる危険がある。どうやらヒノモトは、あちこちに自然神が眠っていそうだからな。だから、一足飛びに鍛冶の技術とか自然との付き合い方をレクチャーすることにした」
鍛冶神なら、技だけでなく理念や理由もきちんと教えてくれることであろう。
その後、たたらの民が鍛冶神の信者になり、鍛冶神が大いにヒノモトで信仰を広げていくことになるのだが……それはまた別の話である。
たたらの民に別れを告げ、トリマルの案内でヒノモトを旅するのだ。
カトリナの角が色々と騒ぎになるので、編み傘をかぶってもらうことにする。
「すまんな、ヒノモトの民が警戒心強くて」
「いいんだよー。っていうか、世界中でもまだ普通はこうでしょう? 勇者村の回りだけ、色々な種族の人たちが仲良く暮らしているのが奇跡なんだよ」
カトリナは笑顔だ。
うちの奥さんは本当に人間ができているなあ……。
惚れ直すことばかりだ。
「といまう! どこいくのー」
「ホロホロ」
マドカにトリマルが行き先について説明をしている。
うちの子は言語を話すようになってちょっとくらいだが、なんか勇者村の動物たちとは意志を疎通している様子がある。
超言語的コミュニケーションとでも言うのか。
「かっぱさん?」
「凄い。完璧にトリマルの説明を理解したな今」
「マドカはそう言う才能があるのかもねえ」
というわけで。
トリマルとともにカッパに会いに行くのだった。
カッパの里は、山奥の滝の辺り。
大地を浮かべてゆったりバビュンで飛んでいくと、結界にぶち当たった。
これを壊してしまうと、現地のカッパに警戒されてしまうだろう。
なので、ぬるりと潜った。
「ホロホロ!?」
「ああ。結界の性質を分析して、俺の魔力で作った結界を同じものに変えたんだ。すると同じ結界どうしだから、ぬるっとくっつくだろ」
「ホロー」
トリマルに呆れられてしまった。
この数ヶ月、外界で揉まれただけあってトリマルは大人になったなあ。
ぶんぶん飛んでいくと、なんだかいい香りがしてきた。
これは何か。
お酒の香りである。
「あらいい匂い」
「だな。酒が飲みたくなる匂いだ」
「くちゃーい」
マドカが顔をしかめ、カトリナにおぶられたシーナも顔をしかめた。
子どもはお酒の匂いダメかもしれないなー。
二人の周囲に、アルコール遮断の結界を張っておくのだ。
すぐに大きな川が見えてきて、そこにいる緑色の肌の人々が、俺たちを見上げてわあわあ言っている。
カッパだカッパだ。
甲羅を背負っているが、さほど大きいものではない。
頭に皿があるというよりはくぼみがある。
思ったよりも人間に近いな。
嘴とかはない。
川の上流は滝壺だった。
そこからお酒の匂いが濃厚に漂ってきている。
酒清水伝説というやつだな。
酒になった水は川に流れてはいかず、滝壺にとどまっている。
その周囲では、カッパたちが酒を飲んで宴会をしているではないか。
滝壺の中央に浮島があり、よくよく見れば土俵である。
そこでカッパたちが相撲を取っていた。
おっ、でかいカッパを小さいカッパが、うおおっと投げ飛ばした!
酒の泉に落っこちる、でかいカッパ。
やんややんやと周囲のカッパが盛り上がる。
「なんだか楽しそうなところだねえ。カッパさんたちは平和的な種族なのかな?」
「人間とのいさかいを避けて隠れ里を作ってるんだ。基本的に平和的だよ。攻撃的なのは尻子玉を抜いてくるけどな」
「しりこだま?」
「それがなんなのかは俺も知らないのだ」
滝壺のカッパたちも、我ら家族に気づいたようだった。
俺は飛翔する大地を、ゆっくりと下ろしていった。
「やあやあ初めまして。俺は遠い土地で村長をやっているショートと言うものだ」
すると、凄いヒゲに凄い眉毛をした腰の曲がったカッパが現れた。
「恐ろしい魔力を感じます。まるで荒ぶる神々を何柱も束ねたかのようだ。さぞや名のある神とお見受けしますが」
「ああ、当たらずと言えど遠からずだ。俺は勇者でな」
「勇者様!! かの、世界を滅ぼしかけた魔王を打ち倒した真の英雄!!」
腰の曲がったカッパが叫ぶと、他のカッパがうおおおーっとどよめくのだ。
マドカも真似をして、「うおおおー」とか言っている。
「長老、そいつは本当か!!」
腰の曲がったカッパに声が掛かった。
ほう、このじいさんっぽいカッパは長老だったか。
「いかにも。五年前に魔王が倒されたじゃろう。外の世界は平和になったが、ヒノモトのミカドは魔王を恐れ、まだ国を閉じておる。だから分からんかったのじゃ」
「なるほどなあ。じゃあ、本当に外じゃあ勇者ってのがいて、おっそろしい魔王や魔物をぶっ倒してたんだなあ」
そいつは、土俵に立っていた小柄なカッパだった。
ざぶんと酒の泉に飛び込むと、すいすい泳いで俺たちの目の前に上がってきた。
「おい勇者さんよ。この国じゃ相撲がつええかどうかが全てを決めるんだ。どうだい? おいらと一番、相撲を取っちゃくれねえか?」
カッパから相撲を挑まれてしまった。
ファンタジー世界に召喚されて、まさかこんな展開になるとはなあ……!
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