第409話 お父さんは心配症

 全体的に、歩き始めるのも、喋る始めるのも遅かったバイン。

 誰にだってその人のペースがあるので、勇者村はそんな事を気にしない。


 これ、動き出すのが遅かったということは、その間ずっと準備していたとも言えるわけだ。

 現に、今のバインの足腰は赤ちゃんとは思えぬ強靭さを誇る。


 山野を縦横無尽に駆け回る。

 その速度は大人顔負け。

 勇者村婦人会の一般的な走る速さよりも速いのだ。


 なお、パメラには全く及ばない。

 ミノタウロスのフィジカル、恐るべし。


 よく、お風呂やお着替えを嫌がってすっぽんぽんで逃げ出すバインを、凄まじい速度でパメラが追いかけ、一瞬でキャッチするのを見る。

 この時にパメラも裸なので、なかなか目のやりどころに困る。

 眼福がんぷ……いや、カトリナ、違うんだ。


 そんなバインが我が家に遊びに来た。

 姉貴分であるマドカを誘いに来たのだろう。


 ……もしやバイン、うちの長女に気があるんじゃあるまいな……?


「おとたんがこわいかおしてる!」


「いや、なんでもない、なんでもないぞ」


「おー」


 完全に気圧されていたバインがハッとした。

 いかんいかん。子どもを圧倒してどうする。

 バインが成長して強くなったら、腕っぷしを試してやればいいのだ。


 俺に勝てねばマドカはやらん……!!

 ……なんとなく、将来、ビンによって討ち倒される俺のビジョンが脳内に浮かんだような。


「バイン、いくよ! おしゃべりおしえたげる!!」


「うん!」


 おっと、マドカとバインが手をつないで、図書館に走っていってしまった。

 気になる気になる。


「ショートはお仕事の時間でしょ」


「そうだった」


 朝飯が終わり、家でちょっとのんびりしてから仕事をするところなのだった。

 カトリナに言われて、渋々仕事にやって来た。


「村長、今日はなんかやる気ないな?」


「いや、フック、そうじゃないんだ。マドカがバインと手をつないで図書館に行ってな」


「ふんふん、そりゃあ心配しすぎだよ村長。子どもってそういうもんだろ? 大人になったら別だけど、小さいうちは男も女も無いぜ? 手だって当たり前みたいにつなぐし」


「そんなもんか……」


 俺が小学校の頃には、女子と仲良くしていると、他の男子に囃し立てられたりバカにされたりしたので、おいそれと近づけなかったものだが……。

 そう言えば、ワールディアは将来的にはくっついて子を成すのが正義だぞっていう価値観の世界だった。

 男女が仲良くしていることに、目くじらを立てるような者は少ない。


 よっぽどの身分の差でも無い限りはな。

 勇者村は全員平民だから問題なしだ。


「だが父親としては複雑な気持ちだ」


「村長の家は二人とも女の子だからなあ! うちは二人とも男だからちょっと違うのかもな」


 ビンとギアか。

 勇者村きっての赤ちゃんらしい赤ちゃん、ギア。

 シーナと比べると、まだまだ赤ちゃん赤ちゃんしているのだ。


 シーナはなんだかんだ言って、俺の影響を色濃く受けている。

 マドカほどの才能はないように見えるが、それでも規格外の能力を持った女の子に成長することであろう。


 いかにして能力の制御を教えていくかも肝だな。


「ビンは凄いよなあ。あのちっちゃさにして人間ができている」


「ああ、ビンはねえ。俺もさ、俺とミーの間からあんなできた息子が生まれたの、本当に不思議に思ってるよ。俺さ、父親として何がしてやれるんだろうなって思っててさ。ギアが生まれてホッとしてるところあるんだ」


「そうなのか」


「子どもが出来すぎてると、これはこれで親は困るもんだよ。あいつ、毎日色々な事を知って、勉強して、経験して、どんどん大人になってるんだ」


「なるほどなあ。確かにビンは人格者だ」


「最近じゃ、マドカちゃんに力を使う時に注意することを一日中教えてたらしいぜ」


「そうだったのか!? どうりでマドカがパワーを暴走させないはずだ」


 俺が知ってる創作物だと、超絶パワーを持って生まれてきた子どもは、身の回りに悲劇を巻き起こしてトラウマを負い、それを教訓としてコントロールを学んだりするのだ。

 まさかビンがその先生をやってくれていたとは。


 ああ、だからマドカは、それを今度はバインに返してやろうとしているんだな。

 うーむ、マドカも成長しているのだ。


 そこで、俺の中に浮かんだ疑惑。

 まさかビンよ、お前、転生者だったりしない……?


 今度個人的に聞いてみよう。

 いや、転生者だったから今更どうするとかは無いんだけどな。

 そう言えば転生者予定の魂、一つ消し飛ばしたことあったよなあ。


 消し飛ばした魂は地獄で元気でやっているだろうか。

 まあいいや。


「うおっ、村長、今日は早いな! あっという間に雑草を抜ききって肥料を撒いてる!」


「ああ。普段は人間の速度でやっているだけだ。今日はちょっとだけ本気を出してしまった」


「あんまりくっつくと子どもに嫌われるぜ?」


「うっ!! そ、その言葉は俺に大変よく効く……!!」


 ということで、あまり余計なちょっかいを出さず、遠巻きに見つめておくことにしよう……。

 俺は、そろりそろりと図書館に向かった。


 すると、ふわふわ浮いていた絵本の魔本が俺に気付いたようで、寄ってくる。


『おや、村長。こんな早い時間に珍しいですね』


「ああ、ちょっとな」


『子どもたちですね。読み聞かせを聞いて、今はぐっすり寝ていますよ。お昼ごはんの頃には起きてきますよ』


「あ、そうなの?」


 覗いてみると、マドカとバインとビンとサーラが、ぐうぐうと寝ていたのだった。

 まだみんな、ほんの子どもなのだ。

 よく食べ、よく学び、よく遊んでよく寝る。


 大人がやいのやいの言うことはないな。

 本当に危ないときだけ、そっと手助けしてやるくらいでいいか。


 じっとビンを見たら、お行儀よくぷうぷうと寝息を立てて寝ている。

 あんなカワイイ寝方をする者が転生者のはずはあるまい。

 うんうん、俺の考え過ぎであろう……!


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