第398話 トリマルからの便り

 トリマルは旅立っていった。

 俺にとっては、息子が巣立っていったようなものなのかもしれない。


 ホロロッホー鳥たちは、トリマルの眷属ではなくなり、普通のホロロッホー鳥になった。

 トリマルはまず、熱帯雨林に突っ込んでいった。


 既に、熱帯雨林でトリマルの相手になる存在はいないだろう。

 ドラゴンであっても、トリマルを止めることはできまい。


 朝になった。


「なるほど、トリマルがなあ」


「色々悩んでたんだねえ……」


「彼もまた大人になりつつあるということなのでしょう」


 ブルストとカトリナとクロロック。

 トリマルとの付き合いが長い三人が集まって、しみじみとした。


 卵の頃からの付き合いだ。

 トリマルがヒヨコだった時代ももちろん知っている。


 あのヒヨコが、大きくなったものだ。

 トリマルからの便りは当然のように無いまま、何日も過ぎた。


「ショート! おうごんていこくでね、トリマルがいたって」


「おっ、そっちに出てたか」


 ビンは時折、黄金帝国を守る神として出張しているのだ。

 黄金帝国を狙って出現する、密林の怪物たちはいくらでもいる。


 ギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、しかしどうにもならないピンチの時にビンは助けに行くわけだな。

 そこでビンは、トリマルの目的情報を得たわけだ。


「トリマルね、かいぶつをえーいってキックしてまとめてぶっとばして、ほろろっほうをなぎはらって、いちもうだじんにしてたって」


「派手だなあ。ビンの出番はしばらく減るかもしれないな」


「そうだねー。トリマルがほんきだと、ぼくよりもつよいもん」


「ビンより強いってのはよっぽどだよな。この世界で俺の次に強いのはトリマルで間違いないな。俺はそんな男を自分探しの旅に解き放ってしまった……! 元気かなあ。ホームシックにかかってねえかなあ」


 どんなに強かろうと、俺が温めて育てた卵から孵ったあいつは、心配なのだ。

 そしてまた、黄金帝国からトリマルの行方は途絶えた。


 気になる。

 気になるが、独り立ちしている息子を、父親はひたすら見守るものなのだ……!


 俺は日常生活に戻っていった。

 雨季もいよいよ終わりが見えてきており、そろそろ育てた苗を植え、田畑を作らねばならない。

 乾期の陽光を浴びて、米も麦も野菜もガンガン育つ。


 そして雨季の間は土の中にいた昆虫たちも外に出てきて、これらを食べるためにホロロッホー鳥たちが村中を走り回るようになるのだ。


『めえめえ』


「ホロホロ」


『めええ』


「ホロホロ」


 ガラドンがトリマルの代わりに、ホロロッホー鳥たちを誘導している。

 苗を植える前に、雑草をガツガツ食べさせるのだ。


 ここで栄養を蓄えたホロロッホー鳥は、卵を大いに産む。

 勇者村の食卓が卵祭りになる日も近い。


「おーい、ショート。ちょっと聞きたいんだが」


 ホロロッホー鳥たちが雑草を食うさまを眺めていた俺。

 突如コルセンターが開き、エンサーツに呼び出された。


「うお、なんだなんだ」


「あのな。フシナル公国あたりに謎のホロロッホー鳥が出たらしくてな」


「なんだと。あそこに野生のホロロッホー鳥っていたっけ?」


「いねえよ。しかもな、公国を狙ってきた外国の軍隊みたいなのを、行きがけの駄賃で壊滅させていったそうだ。お前のとこのトリマルだろ、これ」


「ああ。間違いない。世界でもそんなことができるホロロッホー鳥は、トリマル以外に存在しないからな。そうか。あいつはぐるっと大陸を巡ってフシナル公国にいるのか……」


 しみじみとしてしまった。


「で、どうする? 捕獲しておいた方がいいのか? と言っても、捕まえるのは無理だろうから説得して留まってもらう形になるだろうが」


「いや、いい。あいつは今自分探しの旅をしているところなんだ。見守ってやろうじゃないか」


「恐ろしく物騒な自分探しだな! このことが明らかになったら、世界中がパニックになるぞ」


「大丈夫大丈夫。トリマルは良識のあるホロロッホー鳥だからな」


 トリマルの行方を聞くことができて、なんとなく安心する俺なのだった。


 勇者村の乾期の準備は続く。

 ずらりと植えられた苗。

 用水路に水が通される。


 川から引かれた水のなかには、魚たちもたくさん混じっている。

 彼らは、用水路の土の中から出てきた昆虫を目当てに泳ぎ回るのだ。


 こうなると暇を見つけて村人たちも、用水路に釣り針を垂らすことになる。

 釣った魚を炙れば、それはちょうどいいおやつになるのだ。


『ショート殿、ショート殿!』


「おや、今度のコルセンターは誰かと思ったら……」


 コルセンター越しに、酒の香りが漂ってきた。

 これは、東方の光景と向こうの酒!


「酒仙のリーフェイか! 元気だったか?」


『お陰様でな。お主に誘われてから、あちこちを旅するようになってなあ。歌を詠むための構想もどんどん生まれてきているわい。ところで今回、話は違ってな』


「おう、なんだなんだ」


『見覚えのある緑鳥がな、帝国のあちこちに現れては悪党を蹴散らしているのだ』


「あ、俺の息子」


『やはりトリマルか! あまりにも強いため、現地の河伯も仙人も全く手出しができなくてな。幸い、話の分かる鳥だから助かっているようだ。いいのか?』


「自分探ししてるんだ」


『ああー、そうかあ……』


 リーフェイが笑った。


『思春期だの。あやつはしばらく帝国にいるだろうが、何かあったらまた教えるとしよう。ああ、それからな、物語の神ナイティアがおっただろう』


「おうおう」


『あやつ、地元の信仰が弱まったとかで悩んでおった。相談に乗ってやってくれ』


「えっ、もしかして今地元にいるの? 今度迎えに行くわ」


 世界に歌を復活させた時、世話になった二柱の神だ。

 また会いたいもんだなあ。


 そして、遠くからトリマルを眺めたいものである。


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