第393話 アナザーショートの王国

「しばらく様子を見てみよう」


『そうしましょうか』


 そういうことになった。

 放置しておいても、ものすごく悪いことはしなさそうな気がするんだが……。


 放っておくのも心配だ。

 俺の分身が完全に自我を持ってしまった。

 

『ショートさん、今後は分身禁止ですね』


「うむ、俺が分身すると新しい魔王が誕生する可能性があるということだな。危険過ぎる……」


『そろそろ人に仕事を移譲していいのではないですか? 私もサボりたくて仕方ない』


「主神がサボったらいかんだろ」


『神だって年中無休は嫌なんですよ』


「なんて人間的な悩みだ」


 そんな雑談をユイーツ神としながら、状況を注視する。


『中で暗雲から雷鳴が』


「雨が降り注いでいるな。あれ、海底火山でめちゃくちゃにマグマを吐き出させてから急激に冷却してるんだろう」


『まさに天地創造ですねえ』


「天地創造してるんだろうなあ」


『あっ、見てくださいあれ。雷鳴でちょいちょい中が光ってますけど、それで大陸が浮上してきているのが見えますよ』


「ほー。粉々になっていた大陸を力技で浮かせたかあ。やるなあ」


 盛り上がって参りました。

 せっかくなので、コルセンターを通じて一度、村に帰還する。


 酒とつまみを持ってきて、ユイーツ神とともに盛り上がるのである。

 世界創生というのはかなり見応えがある。


 火山が一気に吹き上がり、結界内が真っ赤に染まった。

 たーまやー!と叫びたくなる光景だな。


 結界は強固なので、その外までは音も衝撃も伝わっては来ない。

 光だけは完全に透過するため、無音のスペクタクルをここで楽しめるわけだ。


 近隣の島々は、生きた心地がしないだろうな。


「案外あいつは、悪いことはしないかも知れないな」


『おや、それはまたどうしてですか』


「あいつはアナザーとは言え、俺でもある。俺は基本的に小市民なのだ。だから悪いことをすると良心が痛むのでやれない」


『ショートさんに良心が? ハハハハハ』


「おい笑うところじゃないぞ」


 ユイーツ神め、俺のことを何だと思っているのだ。

 魔王大戦時に非道な戦法を繰り返していたのは、人類完全支配までカウントダウン状態だったからだぞ。

 手段を選んでいられなかったのだ。


「なんていうか、こいつは自己存在を承認するための作業っていうかな。俺は小市民なので、自分ひとりで完結するというのはとにかくできない。あいつはここで自分の民を作って、自分を神様として崇めさせるんじゃないか」


『魔王ではなく、神になろうとしているわけですね』


「そうそう。かなりアクティブなやり方だけど、それをやれる力があるならアリだろ」


『恐ろしく大規模な自分探しですねえ』


「腐っても俺の分身だからなあ」


『そうこうしていたら、動きが止まりましたよ』


「もうそろそろ夕方だからな。夜は寝るんだろう」


『規則正しい生活をしてますね……』


「俺だからなあ」


 夜になったら本当に活動しないっぽいので、勇者村に帰ったのである。


「おとたんおかえりー!!」


「おう、戻ってきたぞー」


 ぴょーんと飛びついてくるマドカをキャッチする。

 おお、頬ずりしてくるマドカ、むにむにしているなあ。


「お父さんのヒゲの剃り跡が痛いんじゃないの?」


「あのねー。まおとおとたんのとこにねー、こうゆうのつくってねー」


「なにっ、ヒゲの感触だけを妨げるバリアーの魔法だと!? 天才……」


 親の贔屓目全く関係なく、正真正銘の天才なのだ。


「何日か掛かると思ったのに。早かったねえ」


「ああ。俺の分身が完全に独立してな。新しい魔王とか神様みたいになって、沈んだ西方大陸を再び作り上げようとしているのだ」


「うわあ、スケールが大きい話……! ちょっと想像できないなあ。それに、分身ってつまり、もうひとりのショートだよね? それは大丈夫なの?」


 カトリナ、真顔になって心配する。

 俺だもんな。

 そりゃあ心配だ。


 これまで何年も、俺という男と一緒に過ごしてきた奥さんだからこそ、俺が野放しになってしまった状況がいかにヤバいかが分かるのだ。


「天地創造って言ってな。新しい世界を作ろうとしているようだった。我ながら、ありゃあ世界創生をやってのける神の権能だなあと感心していた。ちなみに日が暮れたら作業が全部止まったので、日が高い間しか働かないつもりらしい」


 カトリナが吹き出した。


「あははは、それは間違いなくショートだねえ」


「だろ? 自分の幸福のために頑張る以上、無理はしない方針なんだあいつは。そういう分身なら、魔王みたいに邪悪じゃなさそうだろ?」


「そうかも……。そんな別のショートがどういう世界を作ってるのか、興味あるなあ」


「アナザーショート……アソートと呼ぶことにしよう。あいつ、カトリナが現れると正気では無くなるかも知れん」


「そうなの?」


「俺にはこのように、かわいい奥さんと娘がいるが、あいつはシングルだからな……」


「あー。シングル……。シングル……?」


 むっ!!

 カトリナの目が怪しく輝く!!


 これは世話焼きおばちゃんモード!

 まさか、アソートのやつを誰かとくっつけるつもりなのか……!?


 恐ろしい人……!

 来年にはやっと二十歳になるというのに、恐ろしいほどの世話焼きぶりだ。


 これは、アソートも逃げられまい。


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