第392話 俺の分身のこと忘れてた

 日々忙しく、そして楽しく過ごしていたのだが。

 何かを忘れている気がする……。


『ショートさん、大変だ』


「どうしたどうした」


『変化したショートさんの分身が、西方大陸の時間を早めて急速に浮上させてる!』


 ユイーツ神が慌てて現れて、俺は完全に思い出した。

 パトロールに出してた分身のこと、すっかり忘れてた……!!


「俺、全然その気配を感じなかったんだけど」


『ショートさんの分身ですよ? 気配を消して密かに事を進めるくらいのことは朝飯前でやりますよ。先ほど自我が芽生えたみたいで、姿かたちも変化しています』


「ははあ、俺があえてこの姿のままで留めているのは家族がいるからだが、あっちはもともと何も持ってないもんな」


 これは面倒なことになった。


『ちょっと見に行きましょう』


「えっ、ユイーツ神も来るのか!」


『海神が交代してくれるそうなので、羽根を伸ばすつもりなんですよ』


 ウッキウキじゃん。


「あらユイーツ神様、お久しぶりです。ショートとどこかへ?」


 カトリナが普通にユイーツ神に挨拶している。

 よくうちの村に来るもんな。


 一方、初めてユイーツ神を見るシーナは、カトリナの腕の中でポカーンとしていた。

 目と口を開けて、あ、あ、よだれが垂れてる。


『あの赤ちゃん、ショートさんの次女ですね。私をしっかり認識しても完全に正気ですよ』


「ユイーツ神、そんなにヤバい存在だったのか」


『自我が希薄な者は我々最上位の神を視認すると、意識を持っていかれるんですよ。以降は極めて敬虔な信者になります』


「くるう、という文字がつく信者と紙一重のやつだな」


『超えちゃってるかも知れません』


「だめじゃないか」


『いけませんねえ。ですが本来、神は個々の人間には関わらない方針ですので。これを曲げてしまうと、半人半神みたいな存在がホイホイ生まれてしまい、世界が動乱する元となってしまうのです』


 おい、物騒な事を言いながらシーナを見ているんじゃない。


『ですが彼女、どちらかというとカトリナさんの血が濃いのでマドカさんほどとんでもないことにはなりそうにありませんね』


「マドカとんでもないことになってるのかよ」


『初めて使った魔法で星系に存在を知らしめましたからね。彼女はいきなりオーバーロードになりますよ』


「ヤバいなあ。ちゃんと教育しないとなあ」


 だべりつつ、二人で空を飛んでいくことになるのである。

 もちろん、カトリナとシーナに手を振った。


 カトリナが笑顔で手を振り返してくる。

 守りたい、あの笑顔。

 あとシーナの仏頂面も守るぞ!


 マドカはまたどこかで遊んでるなー?


『さて、あちらです。私一柱で向かうと、迎撃されて滅びる可能性がありましたのでショートさんをいざなった訳ですが』


「そんなにヤバいの、俺の分身? いや、多分強い気がするけど」


『ヤバいという次元ではありませんよ。マドレノースよりはマシですが、以前いた小さい魔王よりはずっと格上ですから』


「俺が魔王を生み出しちゃったみたいなもんじゃん」


 これは寝覚めが悪い!

 そして到着した西方大陸。

 なんと、地球ならば北米大陸くらいの広さ全体に結界が張られて入れなくなっていた。


「規模が頭おかしいだろこれ」


『中は完全に異界化してますね。本当に一柱で来なくて良かった。ショートさん絡みの案件はスリル満点ですね』


「世界の命運を賭けたスリルじゃないか」


 かつて西方大陸の経済化に飲まれていた小島だが……。

 これは結界から弾かれているな。

 既に人間が生活している世界は必要が無いということか……。


「とりあえず結界をノックしてみようか」


『はい、ショートさんお願いします。私は後ろに隠れていますよ』


「おい世界最高神」


『仕事は嫌いですが、私が滅びると文字通り世界の損失ですからね』


「ほんとだ。じゃあ俺が前に出るわ。ユイーツ神が滅んだら、俺が繰り上がりで神になっちゃうじゃん……」


『でしょうー』


 光の中にこいつのドヤ顔が見える。

 そいうことで、俺は結界をノックした。


「もしもーし。俺ですが。本体の俺です」


 返事は無い。

 しばらく待つ。


 俺のライフスケールは神様級になりつつあるので、なんならここで数年待っても問題ない。

 だが、それだとうちの娘たちに悪いし、カトリナも寂しがるし。

 あと絶対にシーナは俺の顔忘れるでしょ。


 急がなきゃでしょ。


「突然だが結界をぶち抜くぞーウオオオオオオオオオオオーッ」


 俺が雄叫びとともに拳を振り上げると、慌てたように向こうからやって来るものがあった。


「やめろ、俺!」


「やって来たな、俺」


 それは、神としての力を開放した俺であった。

 背丈が十頭身くらいに伸び、髪は紫色に輝き、耳は尖って肌は青白い。

 なんかローブみたいなのまで纏ってる。


「その姿は趣味か。俺が中学の頃に考えた神々しい俺、みたいな姿だが」


「もう少しマシだろう。いいか、俺よ。俺は今、自我を得て解き放たれた。だが、俺は今気付いた。気付いてしまった」


「気付いてしまったか」


「俺には何もない……。ショートと同じ姿と能力を持ちながら、俺には可愛い奥さんも可愛い娘もいないのだ……」


「あっ」


 察してしまった。


「すまんな」


「謝るな! ということで、俺はここに俺の世界を作ることにしたのだ! お話終わり! 消え去れ!!」


 ピューンと行ってしまった。


『ショートさん、普通に謝りましたね』


「いやあ、なんというかあれはなあ……。気持ちは分かるからなあ……」


 止めてやるぞ!!

 という気持ちで来たものの、俺はすっかり賢者モードになってしまったのだった。


 さて、どうしたものか……。


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