第383話 最後に畑と発酵所

 そう言えば、図書館に市郎氏がいないじゃないか。


「ブレイン、市郎氏はもうここにいないのか」


「最近はシャルロッテさんと一緒にいることが多いですね」


「進展してたかー!」


 これはビッグニュースである。

 うちの奥さんに教えてあげねば。

 田舎では人間関係こそが最大の人気コンテンツだからな。


 ああ、でも多分もう知ってるか。


「勇者様、興奮したかと思ったらすぐに冷静になられて。どうしたんですか?」


「いや、自分の中で解決したのでなんでもないよ」


 気を取り直して、シルカの村内案内、ラスト行ってみよう。

 畑を見て回る。

 すると、市郎氏とシャルロッテが二人で仲睦まじく農作業をしていた。


 雑草取りである。

 木製の道具を使って、雑草を引っ掛けて根っこから引き抜く。


 これをシャルロッテがつまみ、横のザルに乗せる。


 市郎氏は俺と同じ、現代日本からやって来た人間だ。

 勇者召喚ではなく、勇者村と日本の俺の実家に開いたゲートを通って、こっちに来ている農協の職員だ。


 本人は退職しようと思っていたらしいが、農協としては異世界との重要なパイプなので慰留し、今もきちんと給料が払われているそう。

 なので、市郎氏とシャルロッテ、たまに日本に行ってはショッピングを楽しんでるらしい。

 デートじゃないか。


 シャルロッテはカールくんのお母さんで、元伯爵家の奥方。

 地位が低かったので、他の奥方に追い出されてしまい、カールくんともどもこの村に居着いたのだ。

 まだ二十代半ばになったばかりで若いから、市郎氏とラブラブになるのはいいことだと俺も思っている。


 カールくんの方のケアは村全体でやるしな。

 こういうところが、プライバシーはほぼ皆無だが全員が家族でお互い様な田舎のいいところである。


「土の匂いがしますね。ずっと砂漠で暮らしてきたから、濡れた土の香りは初めてですよ。へえー」


「あ、そこ、ちょうど肥料を撒いて土と混ぜ込んだところなので柔らかいですよ」


「えっ? うわーっ」


 シルカが柔らかい地面に足を滑らせた。

 俺が素早くキャッチして、ヒョイッと持ち上げる。


「ゆ、勇者様どうも。私を持ち上げるなんてすごい力ですね……」


「魔王と比べたら羽根のような軽さだからな」


 シャルロッテは、シルカに大事がなくて安心したようだ。


「なるほど、砂漠の王国からこちらに移住して来られた方ですか。よろしくお願いします。農作業については、僕も勉強中です。ともに励んでいきましょう」


 市郎氏が好青年なところを見せているな。


「彼、線が細いけど人柄がしっかりしていますね。彼女の見る目は確かですねー」


 シルカがうんうん頷いていた。

 君もあれだな。

 井戸端会議とか大好きなタイプだな?


 絶対、カトリナといい友達になることだろう。

 そしてここで、シルカも農具を使って作業していくことになった。


 顔をほころばせながら土と戯れる彼女。


「砂漠の土と違います。なんだか重くて、しっとりしてて、栄養がたっぷり詰まってるって感じがしますねー! 楽しいー!」


「そりゃあ結構なことだ。じゃあ一通り終わったら、最後は発酵所にだな」


「発酵所?」


 砂漠の王国とは縁遠いところだろう。

 高い湿度の勇者村だからこそ、発酵に向いていると言えるのだ。


 たっぷり土いじりをして満足した彼女を連れて、最後にやって来たのは発酵所。

 話を通しておいたので、クロロックが喉を鳴らしながら出迎えてくれた。


「こちらで発酵を目に焼き付けて行ってください。おっと、焼き付けるとカエルは死んでしまいますね」


 カパッと口を開くクロロック。


「カエルジョークか!」


 俺がニコニコする横で、シルカが訝しげな顔で首を傾げた。

 おっと、素人にカエルジョークは難しすぎたな……。


「両生人のジョークは文化的レベルが極めて高いですからね」


「俺も最近分かるようになったところだ……!」


「なんで分かるようになっちゃったんですか」


「昔は俺もシルカと同じところにいたんだがな」


 人は変わっていくものなのだよ。


「じゃあ発酵所見ようか。酒造所は最近ブルストが忙しくてな。開店休業状態だ。そのうちできるやつをリクルートしてくる予定だ」


「お酒を作ってるんですね。こんな小さな村でも、必要なものが一通り揃ってる……」


「なぜか、それぞれの職能に長けたやつが集まってくるんだよ。お陰で何でもできるようになってきた。こっちが発酵所な」


 扉を開くと、様々な発酵物の香りが漂ってくる。


「うっ、臭いっ」


「発酵は臭いもんだ。こっちがクロロックの弟子たちな。イモリ人のパピュータ」


「よろしくお願いします! ます!」


「あら元気なトカゲの人」


「イモリです! です! 水かきがここにあるでしょう! でしょう!」


「まあほんと!」


「こっちがヤシモ。天才的な発酵物職人の卵だ」


「ど、どうも……」


「あら……肌艶や身のこなしからみて、あなたは貴族の生まれね?」


「あ、はい、そのとおりです」


 そこを見抜くとは、やるなあシルカ。


「それから猫二匹な。ニャンスキーとニャンバートだ」


「即ちよろしくですニャア美しいレディ。干し肉とか持ってませんかニャア」


「お見知りおきをですニャ美しいレディ! 魚でもいいですニャ!」


「猫ども、初対面の相手に食べ物を無心するな!」


 ニャアニャア言いながら猫たちが逃げて行った。


「……とまあ、これで一通りだ。あとはフックとミー、そして教会の人々かな。子どもがいる以上、絶対に教会の世話になる。だからヒロイナとフォスとダリアにはすぐ顔合わせすることになるだろう」


「はい! いいところですねえ勇者村! これから始まる毎日が、今から楽しみです!」


 シルカはそう言って、大変いい笑顔を見せるのだった。


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