第376話 もち米、実り始める

 雨季だというのに。

 試験的に植えていたもち米が実った。


「勇者村の土は特別ですからね。もち米にも大きな変化をもたらしたということでしょう」


「クロロックが言うならそうなんだろうなあ」


 最近は赤ちゃんフィーバーにかかりきりだったが、田畑を見てみればいつものように実っている。

 俺なしでも、みんなはきちんと仕事をして、作物を育てているのだ。


 今は雨季だから、雨季用の作物を育てているはず。

 もち米は俺のわがままでちょっと植えてもらっているのだ。


 それが、たわわに実っている。


「これだけあれば、村の全員が手のひらサイズのもちを食えるくらいになるな」


「ええ。驚くべき収穫量です。やはり勇者村で育てた食べ物は、収量が大きく増しますね」


「素晴らしい。外では生きていけない植物を産んでいる気もするが……」


「はい。恐らくこれらを外に植えれば、勇者村が持つ性質をどんどん広げていくことになるでしょうね」


「なんですって」


「作物による、外世界への支配を始めてしまうということです。勇者村に近いところで始めてしまえば、こことその作物が植えられた土地が繋がり、そこは勇者村に近いところになります。離れた場所ならば問題なく、元の作物に戻るでしょう」


「ふーむ。全部勇者村になるのはシャレにならないな。超人がたくさん生まれて、やばい感じの戦争が起きたりする気がするぞ」


「ワタシもそう思います。外には植えないようにしましょう」


「ああ。そうしよう……」


 クロロックと、気をつけようね、と言う話をするのだった。


「ところでこいつらなんだが、種籾にしてしまったほうがいいよな」


「そうですね。安定してもち米を生産していくならばそうすべきだと思います。この量では、すぐに食べきってしまいますから。米の収穫量が多いと言っても、試験的な育成ではそこまで数がありませんからね」


 つまり、マドカには伝えないようにしないといけないわけだ。

 あの娘、おもち大好きになってしまったからな。

 シーナの最初の名前候補も、おもちだったくらいだ。


「村もちびっこたちが増えてきた。気取られないように収穫し、増やしていかねばな……」


「ええ、これは大変な作業になりますね」


 クロクローと喉を鳴らすクロロック。

 口ぶりとは逆に、目を細めてとても嬉しげだ。


「最近はルアブがワタシの手伝いにやって来ているんです。弟子たちも含めて、みんなで収穫を行いましょう。できれば午前のうちに済ませてしまうのがいい」


 ルアブ、クロロックにまで弟子入りを!

 あいつは凄い男になるかもしれない。


 それはそうと、思い立ったが吉日。

 明日は収穫の日と決めたのである。


 薄曇りの日。

 食い意地が張っていない、口の固い者たちが集められた。


 ちびっこたちの食欲から、もち米を守るための処置である。

 今回のもち米は、種籾なのだ。

 種籾を食ってはならんからね。


「雨が降らないうちにやっちまおう。スタートだ!」


 ということで、各々一斉にスタート。

 バリバリ刈り取っていくぞ。

 数が多くないので、どんどん進んでいく。


 そもそも、短時間で刈り取りを終わらせ、次の苗を育てるための作業なのだ。

 どんどん進まねば困る。


「ショートさん、これはスタート段階の作業ですから、ショートさんが力を使っても問題ないのではありませんか?」


「あっ、言われてみれば。よし、刈り取ったのはこっちに集めてくれ。種籾だけを稲から外しておくから」


 クロロックの意見で、俺も全面的に魔法を使うことに。

 念動魔法が、細やかに種籾だけを取り外していく。

 ビンに触発され、米粒にマドカの似顔絵を描けるくらいにはコントロールの鍛錬を行ってきていたのだ。


 ここで生きたな。


 ポツポツと雨が降ってきた。

 これ、すぐにスコールに変わるぞ。


「おおよそ刈り取った? よし、撤収ー!!」


 念動魔法で種籾を掬い上げ、木陰へとダッシュする。

 みんなもわあわあ言いながら続いた。


「雨! 雨はいいですよね! よね! 心が洗われます! ます!」


「体も洗われますけれどね」


 クロロックが目をくるくるさせながらカエルジョークを放つ。

 パピュータと二人、両生人は雨の中で楽しげなのである。


 雨季は彼らの季節だもんなー。

 木陰で、種籾を袋詰する人間と猫たち。


「お手伝いをしたのでご褒美をもらえませんかニャア」


「我々穀物はそんなにたくさん食べないので呼ばれたのですニャ! ですがご褒美がなければ働いた甲斐がありませんニャ!」


「うむ。猫たちの割にかなり働いたので俺はびっくりしている。これはアイテムボクースに保管しておいた魚の干物だ。一尾ずつ褒美としてあげよう……」


「ははー、ありがたき幸せニャア」


「これがあるから労働はやめられませんニャ!」


 普段は働かないように逃げ回っているくせに何を言っているのか。


「俺もお腹すいた!」


「ルアブもか。育ち盛りの食べ盛りだもんな。よし、干物を支給する」


「やったぜ!」


 ルアブと猫二匹が、並んで干物を食うのである。


 俺は種籾を袋に詰め込みつつ、雨の中でキャッキャとはしゃぐ両生人を見たりしているのだった。

 雨が多いこの季節、彼らは本当に楽しそうだな!


「なあ村長」


「どうしたルアブ」


「おもちはさ、いつ植えるんだ? みんなまたお餅が食べたいって言ってる」


「おう。多分次の乾季の中頃には食えるぞ。それに、量を作れば干し餅にもできる。いつでも餅を食えるようになるかもな」


 この話を聞いて、ルアブは目を輝かせるのだった。

 うむ、大人になろうなろうとしてても、まだまだ可愛いものだ。

 もうちょっと子どもっぽいままでいていいんだぞ。

 

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