第367話 子どもたち、魚を焼く

 魚をたくさん仕入れてきたので、村人がわっと集まってきた。

 川魚ではない。

 海の魚だ。


 当然、風味も全然違っているであろうから、みんな楽しみにしているというわけだ。


「俺たちお願いがあります!」


「おや、どうしたルアブ」


 勇者村十歳未満組で最年長のルアブである。

 兄であるアムトが大人の階段を上ってしまったので、ちょっと焦り気味。

 まだ焦らなくていいのに。


「魚焼かせてください!」


「なるほど、子どもたちだけで焼こうと言うんだな!?」


「そうです!!」


「よし、任せた。しかしルアブ、喋りが大人っぽくなってきたな」


「俺は魔法もできないし特別な力もないので、ずっと勉強してました!」


 なんと!

 それで急成長したということか。

 子どもはちょっと見ない間に大きく変わるなあ。


 俺に対して敬語まで使ってきてるし。


 リタは完全にアムトとくっつく感じだし、ハートブレイクしてから一念発起したんだろうな。

 がんばれ少年よ。


 そしてルアブが、カールくんに「もっと本とか読んで勉強しよう」とか言っているではないか。

 カールくんは気遣いこそ大人っぽいが、言葉遣いとか考え方はまだまだ子どもだしな。


 俺としては子どもは、そうしていられるうちは子どものままでいいと思っている。

 大人になるべき時は自然にやって来るし、勇者村はそう言う場所だ。

 だから子どもでいられる短い間だけはそれを謳歌して欲しい。


 だがー。

 子どもは早く大人になりたがるものなんだよな。

 難しいものだ。


 俺が物思いに耽っていたら、魚を焼くチームが結成されていた。


 リーダーのルアブ。

 サポートのカールくん。

 見習いのビン。

 そして猫二匹。


「海の魚と聞いてついつい飛んできてしまいましたニャア」


「ご相伴に与りたいものですニャ!」


「こいつら手伝う気ないんじゃないか?」


「働かざるもの食うべからず!」


 ルアブがどーんと言い放つ。


「ニャニャッ、殺生な」


「寝転がっている我らの口に魚を放り込んでくれるだけでいいですニャ!」


 とんでもねえことを言ってるなケットシーども。

 だが、勇者村の大人たちは自堕落な猫を可愛がるので、ケットシーは楽しく暮らして行けてしまっているのだ。


 村にも娯楽は必要であり、ケットシーを猫可愛がりすることは娯楽なんだろうな。

 まあよし。


「だがケットシーどもよ。今回は働け……!!」


「ひい、村長が怒りましたニャア」


「恐ろしいですニャ!」


 ぴーんと背筋が伸びた猫二匹が、子どもたちを手伝い始めた。

 ルアブがちょっとたどたどしい感じで、しかし真剣な目をして魚に串を通している。

 この間の勇者村釣り大会での経験を活かしているのだな。


 ルアブの師匠は母のスーリヤであろう。

 勇者村でもトップクラスの釣り人だ。


 同時に、釣った魚を焼くことにも一家言ある。

 ルアブが起こされた火の周りに、いかにして串を並べるか考えている姿を見ると、その教育の素晴らしさが分かるな。


 火加減は命である。

 俺はさっぱり分からん。


「おさかなー!」


 マドカがトテトテ走ってきた。


「食べる専門家が来たぞ」


 すでに魚の小骨を口の中でよりわけ、ペッする技術を編み出しているうちの子である。

 焼き魚大好きなのだ。

 内蔵は苦いから残すが。


「ということで我が家の姫が来たので魚を焼いてくれ……」


「おさかなすき!」


 俺に抱っこされたマドカは、ウキウキしながら魚が焼かれるのをじーっと見ている。

 ビンが手を振ってきたので、マドカも手を振り返したのである。


「ビンがお魚焼いてくれるなー」


「ビンすごいねー。おさかなやいてすごいねー」


 うむ、食べ物を用意できる男はモテるのだ!

 俺としては複雑な気持ちだが、頑張れ男の子たちよ!!


 ルアブに指導され、カールくんも真面目な顔で挑んでいる。

 ビンは今回ばかりは念動力を封印し、丁寧に魚の処理を行って串に通す。

 三歳児とは思えない見事な腕前だな。本当に君はなんでもできるな!


 ただ、やはり腕力的な部分と、磨き上げてきたセンスという点ではルアブが強い。

 この集まりはルアブを中心として魚を焼くことになっている。


 魚がじゅうじゅうと焼けていく。

 いい香りが漂うな。


 猫たちは焼く前に食べようとして、ルアブに何回か叱られていた。

 ケットシーたちに魚を焼かせた時点で、ルアブは凄い偉業を成し遂げているのではあるまいか。


 やがて焼き上がった海の魚。

 川魚とは明らかに香りの質が違う。


 淡白な香ばしい香りが川魚なら、濃厚でガツンと鼻孔をぶん殴ってくるのが海魚だ。


「村長、マドカ、食ってみてくれ!」


 ルアブが焼き上がった魚を差し出してきた。

 どーれどれ。


「あーん、まおがたべるー」


「待て待て。熱いからな。お父さんがふーふーしてあげる」


「ふーふー? まおもやるよー」


 一緒に魚をふうふうやって冷ます。

 いやあ、至福の瞬間だな。

 うちの子は宇宙一かわいい。


「んー!」


 抱っこされていると自由に食べられない、と主張するマドカを下ろしてやる。

 マドカは冷ました焼き魚を両手でつかむと、むしゃむしゃむしゃっと食べ始めた。


「美味しい?」


「おいひい!」


 おお、大満足である。

 男の子たちの顔にも、満足げな笑みが浮かぶ。

 一つやり遂げたな!


「ニャア! こりゃあ熱いですニャア!」


「ねこは猫舌ですニャ!」


 ケットシーたちが騒いでいる。

 どれ、あいつらの魚も冷ましてやるとするか。


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