第364話 勇者の村のチョコバット
「おほー! ここが勇者村ですか! いやあ、素晴らしいところだ。いいところだ」
チョコバットを連れてきたぞ。
彼には宇宙を見せる約束をしているので、まずは勇者村で肩慣らしである。
一見して普通の村に見えるのが勇者村の特徴なのだが、黄金帝国しか知らない彼には未知の環境である。
「平坦な大地がどこまでも広がっている! えっ、開拓をしたのですか! それで畑に? どれほどの長い年月と努力が……ええっ!? た、たった三年半!? チートすぎる」
「チートって言葉があるの凄いなあ」
「家々の作りが木造なんですね。ははあ、豪快ながらも隙間が無いようにみっちりと詰まっている……えっ、家の中はこんなに天井が広くて空間もたっぷりと!? 個人の専有できる空間の広さが凄い……」
「黄金帝国、限られた空間しか無かったもんなあ」
その空間内で人々を活かすために、生まれてくる人の数も制限していたくらいである。
今はその制限が取っ払われている。
黄金帝国では、周囲の森から現れるモンスターや危険な動物と戦うための工夫などもされ始めているようなのだ。
世界が拓けたからな。
前向きになった人々のパワーは凄いのだ。
チョコバットは黄金帝国基準で、いかに勇者村がすごく、贅沢に暮らしているかに感心していた。
俺という規格外の存在が手掛けたからとは言え、後半は村のみんなの努力だからなあ。
「村人それぞれが得意な方向で努力してだな。それでこの豊かさになった。黄金帝国もきっとそうなるぞ」
「うむうむ、なるでしょうね。それはそれとして、本題に」
黄金帝国の近況を、それはそれで片付けられる辺りが黄金皇帝との違いである。
変わり者の学者という様子のチョコバット。
俺はこういうやつも好きだ。
ということで、図書館へ。
魔本たちが、新たな読書人の登場に歓声を上げる。
『俺を読め』
『私を読んでー』
『我を我を!』
わーっと魔本が集まってきた。
「うおー! 自ら動いて読んでとせがむ本!! 勇者村すごいなあ。私、こんなにモテたの生まれてはじめてですよ」
チョコバットはめちゃくちゃニコニコしながら、魔本に読み聞かせをしてもらうのだった。
ブレインもこの光景を見て満足げである。
「やっぱりチョコバット氏は図書館を気に入りましたね。同類のにおいがしましたからこうなると思っていたのです」
「ブレインの同類かあ」
「明日をも知れぬ閉鎖環境で、ずっと宇宙のことを考えていられる人間は変人ですよ。ですが、人は血となり肉となる糧のみでは獣と変わらなくなってしまいます。私や彼のような、知の栄養を司る変人がいてこそ、文化の豊かさというものが生まれ、人は人足り得るのですよ」
そこまで言ってから、ブレインは肩をすくめた。
「……というようなことを、我々が言ってしまうのはよろしくないのですけれどね。皆さんが築いてくれた土台にあぐらをかくのは、いささか申し訳ない」
「人がいいところがブレインだよなあ」
「なので、せめて私たちは、得た知識や生まれた技術を社会に還元しようと考えているのです。役立たないように見えても、それが必要な場面はやって来ますから」
「素晴らしい」
チョコバットが感動して拍手した。
ブレインと、がっちり固い握手を交わす。
同類だ、同類だ。
こうして、チョコバットはしばし情報の洪水に身を沈めて楽しそうにしていた。
一般人ならおかしくなりそうな状況だが、未知が溢れた世界というのはこの学者には心地よいものらしい。
「文章としての知識なら、勇者村にはいくらでもある。実際に体験するとなると外に出ないとだな」
「はっはっは、私は肉体を通しての実学にも興味がありますよ! 先日もカヌーを漕ぎまして」
「聞いた聞いた。転覆したそうじゃないか。自ら率先して外海に行こうなんてガッツあるなあ」
「ええ。海からは日々、見たことのない魚が取れていまして。これは自らの手でも新発見をせねばなるまい、と! しかし私にはカヌーを漕ぐセンスが無かったようで、転覆して危うく溺れるところでした! はっはっは!」
このおっさんは元気すぎる。
俺は元気なおっさんは大好きなので、そのままクロロックのところに連れて行ったりもした。
「やあやあチョコバットさん。黄金帝国のトウモロコシは順調に育っていますよ」
「おおー! あれを見事に育てていらっしゃる! 国にしか根付かないと思っていましたが、勇者村の土も良い土なのですな」
黄金帝国は領土全体が魔法にかかっている状態だから、そこで育つ作物を、外で育てることは難しいのだ。
だが、勇者村は村全体が祝福された場所である。
黄金帝国の作物だって育つのだ。
「発酵所も見ていって下さい。きっと黄金帝国で活かせる知識と技術があるはずですよ。ぜひ、何かを持ち帰って下さい」
「ぜひぜひ」
カエルの人としっかり握手するチョコバット。
そして、「しっとりしてますな」とか感想を呟いていた。
チョコバットはうちの村の客人としては珍しいタイプで、子ども受けがあまり良くなかった。
目をギラギラさせてあらゆるものに興奮するおじさんなので、きっとちょっと怖かったんだろうな……!
だがそのお陰で、チョコバットはたくさんの知見を得たようであった。
「神様……いや、この村風に呼ぶならばショート様と宇宙に行くため、私はこれからも知識を積み上げていきますぞ! まずは帝国に持ち帰り、皇帝にレクチャーを……」
チョコバットの刺激的な日々は続くのである。
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