第359話 ビンを呼ぶ声が響くのだ!

「あ、よばれた!」


 おやつの焼き菓子を食べていたビンが、ハッとして顔を上げた。

 ビンが呼ばれたということは、黄金帝国に危機が迫ったということである!


「しょーと! ぼくいくね!」


「よし、じゃあ俺が分身をつけてやろう」


 前髪をちょっと切り取って息をフーっと吹きかけると、ちっちゃい俺になった。

 これをビンにくっつける。


「いってきます!」


 ビンはビシッとポーズを取ると、ばびゅーんっと飛んでいった。

 いってらっしゃい!


「大丈夫かなあ」


 ミーが心配そうにしている。


「俺がついているので大丈夫だ。それにビンはミーが思っている以上に凄いやつなんだぞ」


 さて、ビンであるが、念動力を纏って高速飛行ができる。

 これはつまり、念動力で空間を掴み、自分を前方に放り投げると言う動作を連続して行ってるわけだな。

 その気になればどこまでも加速する。


 実際、今のスピードはマッハ5くらいだ。

 マッハ5!!

 あまりの速さに、足元の熱帯雨林は緑色のペーストみたいにしか見えない。


 あっという間に黄金帝国が見えてきた。

 おお、なるほどなるほど。

 海側から出現した、タコの頭をした怪物がいる。


 こいつがカヌーを襲っているんだな。


『この辺りは我が領域ぞー!! せっかく他の神とか滅んで我のものにできたのに人間が通るなど許さんぞー!! 生贄とか出せば許すぞー!!』


 なんという傍若無人なやつであろうか。

 あれは海の小神の一柱であろう。

 これを見た黄金帝国の人々は恐怖で固まり、動けなくなっている。


 このままタコ頭にやられるだけなのか……という瞬間である。

 ビンが降り立った。


「とうちゃく! たすけにきたよ!!」


 地上最強の三歳児の出現に、恐怖に縛られていた帝国の人々は安堵したようだ。


「神様と一緒におられた!」


「小さい神様!」


「しかしあんなでかい怪物を相手にどうやって……」


 ビンはうんうん頷いた。


「さいしょはね、おはなしをするよ」


 そう言って、ふよふよとタコ頭に近づいていった。

 タコ頭の大きさ、50mくらいあるんじゃないか。

 目玉だけでビンがすっぽり入る。


『なんだお前は、ちびすけー!』


「ひとをおどろかせたりしたらだめだよ。なかよくしようね」


『何を知ったふうな事をー! 捻り潰してくれるわ、もがーっ!!』


 交渉決裂だ!

 というか頭からビンを舐めて掛かっているのでいかんな。


「しかたないなあ。あーきまん!!」


 ビンが空中でプニッとした腕を交差させた。

 すると彼の背後に、腕組みをした全身スーツの男が出現する。

 念動超人アーキマンと俺が名付けた力である。


 ビンが力を振るうイメージそのものが具現化している。


「あーきまん、ぐんぐん!!」


 アーキマンが巨大化していく!

 それは赤と青が絡み合った、流線型のボディスーツを着込み、金色をした仮面を被った姿だ。

 仮面は目と口だけが空いており、そこから白銀の輝きを放っている。


『ショウッ!!』


 アーキマンが叫んだ。


『な、なんだこやつはーっ! 生意気な! ぬわーっ!!』


 掴みかかるタコ頭。

 受けて立つアーキマン。

 タコ頭との力比べとなり、アーキマンがやや押される。


「う、うわー! 頑張れアーキマン!」


 黄金帝国の人々から声援が上がった。


「がんばるよ!」


 やる気になるビン。

 アーキマンはタコ頭の力を利用し、受け流した。

 自分の馬鹿力で海面に突っ込み、ゴロゴロ転がるタコ頭。


『ウグワーッ!?』


 そこに飛びかかるアーキマン。

 チョップ、チョップ、チョップ、チョップの連打だ。


『ウグワッウグワッウグワーッ!? お、おのれきちゃまー!! ゴッドビーム!!』


 タコ頭から、墨みたいな黒いビームが放たれた。

 これを食らって吹っ飛ぶアーキマン。


「アーキマン!!」


 黄金帝国の人々から悲鳴が上がった。


「だいじょうぶ。ここからだよ!」


 アーキマンはなんかよく分からない逆噴射をして体勢を立て直し、着水した。

 水が高らかに吹き上がる。

 うーん、かっこいいな!


 一瞬にらみ合う、アーキマンとタコ頭。

 そしてすぐに双方がお互いに向かって走り出す。

 激突!


「あーきまん! たたけ!」


『ショウッ!!』


 アーキマン、ぶちかましからの担ぎ上げだ。

 タコ頭を肩の上に載せ、振り回してから水の中に叩き込んだ。

 見事な特大サイズのエアプレーンスピンである。


『ウッ、ウグワーッ!?』


 そしてとどめとばかりに、腕をクロスするアーキマン。

 ビンの念動力を受けて輝くアーキマンの腕!

 ビームか! ビームを出すのか!


『ま、待ってくれー!! 降参、降参だーっ!! せっかく魔王大戦を隠れて生き延びたのにここで滅ぼされたら元も子もない! わしが悪かったー! に、人間どもは見逃すし、通過したり漁をするくらいは構わないから……』


「そう! じゃあゆるすよ!」


 ビンの心は大海原のように広いのだ。

 アーキマンはしゅるしゅると縮み、大人サイズになった。

 そしてビンに吸収されて消えていく。


 これにて、海の小神とは和解である。

 この神の名はリトルリトルと言い、海の恐怖を司っていたそうだ。

 だが魔王が現れて、自分よりももっと怖いやつが出てきたと自信喪失。


 隠れていたら俺が魔王を倒したので、世界が平和になった。

 リトルリトルの先輩であった恐怖の神も滅ぼされてしまい、諌めてくれる者がいなくなった彼は増長して暴挙に及んだということである。


『先輩がまだ存在してたらめちゃくちゃ怒られてましたわ。海の恐怖は必要なものだけど、わしらが姿を現して直接襲うもんじゃないんだよなあ』


「なかよくね」


『へい』


 こうして、ビンは去っていく。

 今帰れば、夕ご飯の前にちょっとお昼寝ができるのだ。


 黄金帝国の人々はいつまでも、ビンの後ろ姿に手を振っていたのである。



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