第360話 最初のおさらば

 オットーがぶっ倒れた。

 醸造所で酒を作ってる最中だったそうだ。


 ポチーナに子どもが生まれ、顔をくしゃくしゃにして喜んでいたオットーだ。

 ショータを抱っこして、すぐに泣かれて、しかし孫のようだと喜んでいた。


 すぐにブレインがやって来た。

 シャルロッテとカールくんの家で、ベッドに付したオットーを診る。


 顔を上げて、ふむ、と頷いた。


「寿命ですね」


「そんな……」


「オットー!」


 シャルロッテが口元を押さえ、カールくんはだばーっと涙を流した。

 スローライフをしてるんだ。

 それはつまり、人が生まれて人が暮らして、そして人が死んでいくってことである。


 いつかは来るだろうと思っていた。

 オットーは妙にスッキリした顔で、目を開いた。


「寿命ですか」


「寿命ですね」


 ブレインは歯に衣を着せない。

 気遣っても事実は覆らないし、この世界の寿命ってのはあれだ。

 何をどうやってもそこで死ぬ、ということだ。

 命の終わりのことだ。


 なので、オットーは死ぬ。

 多分、今日死ぬ。


「ししょう! ししょうはすごいんでしょ? なんでもできるんでしょ! オットーをたすけて!」


「カールくん、俺は神様みたいなもんになりつつあるが、だからこそ寿命はいじらない。いじっちゃいけないのだ。これは生まれた時に定められた運命だからな。こうやって世界は回ってて、誰かがそれを覆して生きてたら、その分誰世界に歪みが生まれる。好き勝手で世界を歪めるなんて魔王と一緒だ。いいと思うか?」


「ううっ、そ、それは」


「よくないよな。つまりそういうことだ。オットーとカールくんが一緒にいられる時間は今だけなので、色々お喋りしてやるといい」


「うう……」


「カール坊ちゃま。立派になられた。奥様も、元気になられて……。奥様と、イチロウさんのその先が見られないのは残念ですが……奥様も坊ちゃまも、こうして居場所を見つけられた。私もやりがいのある仕事ができましたし」


 思ったより元気だな。

 凄く喋ってる。


「おう、オットー! 看取りに来たぞ!」


 ブルストがカトリナを連れてやって来た。

 というか、村人がみんなやって来る。


 代わる代わるオットーに声を掛けていっていて、いやあこりゃあ、安心して死ねないな!


 神というのがリアルに存在しているワールディアにおいて、死というのは現代の日本ほど忌避されていない。

 この世での役割を終えて、神様のところに行くってことだからな。


 無神教みたいな感じになると、死ぬと無になるのでそりゃあ死は恐ろしい。

 俺の生きてきた現代世界はそういうところだったんで、ちょいちょい大変だった。


 ニーゲルとポチーナが最後にやって来て、ショータをオットーに見せている。

 オットーはとても嬉しそうに目を細めた。

 すっかりおじいちゃんと孫だな。


「ところでブレイン、どうして寿命だって分かるんだ?」


「魔法によってですね、その方の命数というものを知ることができるんです。オットーさんの命数はゼロです」


「なーるほど……」


 その魔法が使えると、情緒もへったくれもないな!

 そして、みんなに見送られながらオットーは逝ったのである。

 享年七十歳というから、日本だとまだ若いかも知れん。


「墓をどうするかなあ」


 墓地を作り忘れていた。

 オットーが死んだから、どこかに埋めてやらんとな。


 で、この世界は土葬か? 火葬か?

 俺が考え込んでいると、ユイーツ神がにゅっと顔を出した。


『どっちでもいいんですよ。オットーの故郷では土葬ですね。この土地ならすぐに分解されて大地の糧になりますね』


「あ、そうなの! 助かったぜ、サンクス」


『ユイーツ神様!』


『またサボって!』


『あーれー』


 天使たちがユイーツ神を引っ張っていってしまった。

 今度また代わってやるからな……。


 俺はブルストを呼び、墓を掘ることにした。

 掘ってすぐに埋めるので、オットーの死体も持ってきてある。


 棺は使わないのが、オットーの故郷の流儀らしい。

 なるほど、そうすると早く土に還るな。


「オットーの酒はなあ、こだわりってもんがあって旨かった! 俺じゃあ気付かないことを色々こだわっててな。学びも多かったぜ」


「そうかー。オットーは死んだが、あいつの残したものはみんなの中にあるんだな」


「おうよ! みんなそうやって受け継いで行くんだ。俺はオットーの酒を造れるし、カールはオットーから教えられたことを忘れんだろ。それで、ショータはオットーにとって孫みたいなもんだった。ありゃあいい死に方だったぜ」


「そうだな。魔王大戦の時は、そりゃあひどかったからな」


「おうおう。色々引き継ぐ余裕も無いままにガンガン死んでった。ショートが来てくれなかったら、世界は終わってたぜ、本当に。それが寿命まで生きられるようになったんだから、大したもんだ」


 墓穴が完成し、オットーの死体は穴の中に横たえられた。

 村のみんなで集まって、土を被せていく。


 一人が一度ずつ土をかぶせる。

 それがオットーとの最後の別れだ。


 こうして、我が村にやって来た老執事は、村での死に方という新しいものを生み出して去っていった。

 感謝するぜオットー。


「ショート! 別れを告げた後は、みんなで飲んで食って騒ぐって決まってるんだ! 来いよ!」


 ブルストが俺を招く。


「みんなー! 美味しいご飯と、オットーさんが作ったお酒があるから! みんなで騒いで送ってあげよう!」


 カトリナの声で、歓声が上がった。

 そうそう。

 ワールディアは、死者を笑って送り出すのだ。


 最後まで状況が全くわかってなかったらしいマドカが、ご飯と聞いて飛び跳ねた。


「おとたん!! いくよー! ごはんいくよー! おかたーん! まおごはんたべるー!!」


 バタバタ走っていくマドカである。

 うむうむ、こうして世界は新しい世代へと受け継がれていくのだ。


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