第353話 クロロックの新しい仕事

 雨季である。

 曇り空や雨の日が多くなる。

 というか、曇ったら確実に雨が降る。そしてざあざあ降った後にスカッと晴れる。


 こういう季節は湿度が凄いことになるが、気温はさほどでもない。

 すると、過ごしやすい人々というのがいるもので……。


「いやあ! 実に快適です! です!」


「うんうん、我ら両生人にとって最高の環境ですね」


 乾季の間は、住まいがある森の辺りから離れなかった両生人たちがこっちまで散歩にやって来るのである。

 俺たちには曇り空と雨でも、彼らにとっては最高の好天というわけだ。


 パピュータがスキップ混じりで歩き、クロロックは上機嫌に喉をクロクロ鳴らしている。

 特にこのカエルの賢者は、普段は地球に行ったり都会に行ったりと、両生人にとっては砂漠みたいな環境に知的好奇心だけを友にして乗り込み、常に戦っている男だ。

 そんな豪傑も、やはりジメジメしていて過ごしやすい気温の雨季になると嬉しいのである。


「やあショートさん。森の奥の帝国と出会ったそうですね。何か面白い作物はありましたか」


「さすがクロロック。やはり作物から入るか……。俺としてはそう珍しい作物じゃないんだが、トウモロコシの古代種をもらってきたぞ」


「ほうほう!」


 クロロックが目を輝かせる。


 黄金帝国にとって、主食はトウモロコシ、そしてジャガイモである。

 どちらも地球で言う古代種に当たるものっぽい。


 芋はうちに上位互換のやつがたくさん生えてるから、今度こいつを向こうに届けてやるつもりだ。

 あ、収量の多い芋に押されて古代種が滅びるかもしれないな……。

 何か古代種の芋を使った美味しい料理方とかを考えて、古代種の使い道も残しておかねばな。


 クロロックはトウモロコシを受け取り、吸盤の付いた手の上で転がしていた。

 そして、一粒パクリと飲む。


「乾いていますね。ワタシの水分を吸いましたよ。ふむ、種子の状態はこうで、水を与えることで活性化するのですね。面白い。育ててみましょう」


 そういうことになった。

 となれば、畑の賢者でもあるクロロックに任せるのが早いだろう。


 発酵室の方はクロロックの弟子たちが回せるようになっているし、悪魔の豆を生み出した天才、ヤシモもいる。

 再びクロロックはフリーになってきたところだ。


「畑を作るか」


「お手伝いしてもらっていいですか?」


「クロロックの頼みとあれば、俺が断るわけないだろ」


「愛を感じますね! ますね!」


 やめろパピュータ。


 ということで、トウモロコシ畑を作っていこうということになった。

 そうは言うものの、まずは実験的なサイズからだ。


 クロロックにかかれば、通常の畑サイズでも余裕で管理しきれるだろう。

 だが、俺はあと数種類の黄金帝国の作物を、クロロックに扱ってもらおうと思っている。


 小規模の畑を幾つか作って、そこで実験してもらうのだ。


「うちの土地柄に合うか合わないかなんだが」


「勇者村の土は特殊になってきていますからね。最初は作物もびっくりしていますが、すぐに慣れて適応した作物に変わっていきますよ」


「それはそれで、他所で育てられないじゃないか」


「そうですね。例えば、黄金帝国ならこちらの作物も育つでしょう。長く結界で覆われていた国です。土壌には魔法が染み込んでいると考えてよろしい」


「なるほどー」


 うちと黄金帝国でしか育たない作物なら、案外向こうが外国との取引に使えるのではないだろうか。

 これから黄金帝国は外の世界へと広がっていくことになる。

 外国とやり合うための経済的武器はあって然るべきだ。


 こうして、古代種トウモロコシの育成が始まった。

 とは言っても、新種であるし、初めて育てる足物を促成することはできない。

 長い長い戦いだな。


 クロロックの得意分野である。


「任せたぞ。こいつに、黄金帝国の命運が掛かっていると言っても過言ではない」


「はっはっは、これは責任重大ですね。種をパクリとやって台無しにしてしまいたい衝動と戦わねばなりません」


 それだけ言って、クロロックが喉をクロクロ膨らませた。

 カエル・ブラックジョークだ!


「頼むぞクロロック~」


「お任せ下さい」


「師匠、ほんと村長と一緒にいると楽しそうですよね! ですよね!」


 いかんいかん。

 またパピュータに詮索されてしまう。

 俺には愛する妻と子がいるので、クロロックと愛を育む気はないのだ。


 友情ならなんぼでも育むぞ。

 つまり、俺とクロロックのこれは友情ということであろう。


 ユラユラの魔法を使い、大地を揺らして柔らかくする。

 雑草ごと土の中にすき込んでやり、畑として最適な状況に整えるのである。


「相変わらず素晴らしい技量です」


「今はみんなで畑作りをしているからな。俺が手助けしたらみんな楽をすることを覚えちゃうだろ。俺はいついなくなるか分からんので」


「村人たちが皆、自分でやっていく習慣をつけてもらうということですよね。理解していますよ」


 土を指先で潰してみて、仕上がりを確認するクロロック。

 満足そうに瞬膜を開いたり閉じたりした。


「勇者村の土は他にはありませんからね。本当に素晴らしい土です。ごく普通の大地で作物を育ててもいいのですが、ここでなければ実ることすら叶わない植物もあるのです」


「そうなのか」


「そうなのですよ。皆さんが食べている丘ヤシなどは、既に勇者村の土質によって変化しており、とても甘い果実を実らせます。だからこそ、丘ヤシ酒の質が上がっているのです」


 今明かされる意外な事実!


「さて、しばらくワタシはこちらの作業に掛かりきりになります。腕が鳴りますね!」


 畑の賢人は、そう言うと両手をぺちゃぺちゃと打ち合わせるのだった。



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