第354話 黄金帝国皇帝、やってくる
「黄金帝国の調子はどう?」
「みんなこれまでにないほど活気に満ちております」
皇帝が嬉しそうに教えてくれた。
閉じられた世界の中で暮らしてきた今までとは違う。
黄金帝国の世界は、大きく、それこそ無限大に広がったのである。
帝国の民たちは競って船を作り、外海に繰り出そうとしているらしい。
世はまさに、大航海時代!
まあ外に出てみて現実を知って、地元の良さを実感する連中も出ることだろう。
「ただ、農作業に従事していた者たちがちょっとやる気を失って来ているのが悩みの種でしてな」
「あー、周りが新世界だどうだと騒いでいる中で、自分たちは国にこもってトウモロコシ作ってるんじゃ腐るよな」
「お分かりいただけますか神よ」
「おう。だが農作業が素晴らしいことであるのは間違いない。これは農民たちをうちの村の研修に招待した方が良かろうな」
「なんと、神の村に!? 余も行きます」
「即決したな!? 皇帝と農民の人々が来るわけか。よし、第一弾は皇帝以外くじ引きで決めよう」
そういうことになったのだった。
黄金帝国は、帝国とは言うものの全部で千人ちょっとの人口である。
そろそろ国民みんなが血縁関係になっているという頃合いだったので、外に向かって世界が開かれたのは大変よろしい。
そして、ここでその国民たちを俺が自ら外の世界に連れ出そうというのだ。
選ばれたのは十人ほどの若い男女だった。
「よろしくお願いします神様!」
「おう。あと、村で俺のことを神と呼ぶと笑われるからな。村長と呼ぶのだ」
「村長……!」
「皇帝陛下が敬語を使う村長……!」
「皇帝より偉い村長がいてもいいではないか」
皇帝がお墨付きをくれたぞ。
かくして、勇者村での研修旅行が始まった。
彼らは、凄まじい種類の作物が育てられている勇者村に驚愕する。
「物凄い手間ひまが掛かるのでは」
「土壌がいいからな。最低限世話しておけば勝手に育つ。あとは肥料がいい。肥料についてはニーゲルが詳しいぞ」
肥料関連に興味がありそうな若者を、肥溜めのところに連れて行った。
最近落ち着きが出てきたニーゲルが、若者に色々説明してあげている。
他は、農作業の体験である。
「うちの畑の専門家が言うに、黄金帝国の地質は長く魔法の力に触れていたせいで、大きく変質しているそうだ。我が勇者村に近いわけだな。なので、もっと色々な種類の作物を育ててもいい。ごちゃごちゃにすると影響しあって悪いことが起きるから、ちょいちょい離す必要があるが」
「なるほど……!」
若者たちが熱心に頷いている。
「あの、粘土板があればメモをして帰りたいんですが」
「紙じゃなくていいの?」
「うわあなんですかそれ」
あっ、紙という文化がないところだ。
今後は紙の技術も伝えねばなるまい。
そうこうしていると、皇帝の姿が消えているではないか。
あのおっさんはどこに行ったのだ。
周囲を見回したら、食堂で見慣れたおっさんたちと皇帝がわいわいと騒いでいるところだった。
何をやっているんだろう。
「なんと美味い酒だ。幾らでも入る!」
飲んだくれていました。
「わっはっは、分かるか! うち特製の丘ヤシ酒だ。前に凄い酒があって、あれを改良したものでな。勇者とオーガの娘の恋から始まった希望そのものみたいなイメージがあってな、それで
うちのマドカの名前がついた酒だ!
新作だな……。
これを美味い美味いと飲んでいる皇帝。
やはりというかなんというか、潰れた。
「ウグワー」
「おいおい、どうするんだよこの黄金皇帝」
「酔い醒ましを飲ませよう。村の水にちょっと丘ヤシを絞ってやるんだ」
ブルストが手慣れた手付きでチェイサーを作っている。
酒は合間合間に水を飲ませないといかんな。
「甘くて美味しい」
「皇帝の知能がアルコールで下がってるな」
「ですが、幸せそうですなあ。なんというか、プレッシャーから解放された顔です」
オットーが目を細める。
確かに。
今までは、帝国を存続させねばならないという思いで必死だったんだろう。
長い間、代を繋いで、その一生を帝国の維持に賭けてきたのだ。
「歴代皇帝の頑張りが報われたな」
皇帝の隣に座って話しかけたら、なんかブワッとめから涙を流し始めた。
何も言わずにだばだば涙を流す。
黄金帝国千年ぶんの頑張りが詰まった涙である。
「多分、宇宙船村辺りには黄金帝国に移住してくれるようなやつもいるだろう。これから外国に打って出て、大きく商売しようって国だ。フロンティアスピリッツを刺激されるもんな。こっちも後で紹介してやる」
「神は……どうして我々のために色々やってくださるのですか。あなたは我々が信じる神とは違う。だが、あなたがなさってくれることはまさに神だ」
「神様ってのは、色々な姿をしてるもんだろう。俺の知ってる宗教じゃ、預言者の姿は知られてるが、神そのものは偶像としてすら存在してないってのも多い。人が思うかべる数だけ、神の姿ってのも色々あるんだよ。つまり、俺が神みたいなことをしてくれるって言うなら、お前らが千年待ってた神は俺なのかも知れないな」
「おおっ!!」
それだけ言って、皇帝は押し黙った。
無言だが男泣きというやつだな。
これは民には見せらまい。
好きなだけ泣いたら、皇帝はケロッとした。
勇者村おじさん軍団は皇帝の気持ちがなんとなく分かるので、盃にチェイサーを注いでやる。
なに、もっと酒が欲しい?
もうだめだ。
「それで、新しい血が帝国に入ってくれるのは大歓迎でしてな」
「うむ……。この後、宇宙船村に行こう。だがあの村は娯楽に満ちているからな。慣れないと毒であろう。皇帝と俺だけで行こう」
そういうことになったのだった。
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