第347話 ダリアちゃん、二等兵に乗る
「あうー」
傍らから赤ちゃんの声が聞こえたので、なんだなんだと見下ろすと、二等兵が走っているところであった。
その上にちっちゃいのが乗っている。
ダリアだ。
「なにい!? どういうシチュエーションなんだ」
最近ついに寝返りを打てるようになり、ハイハイに近い、腕を使って体を引っ張り上げる動作も可能になったダリアだ。
何かのきっかけで二等兵の上に乗ったのだろう。
そう言えば腹ばいの姿勢だ。
『走りますよ走りますよ』
「あうわー、きゃー!」
ダリアが手足をバタバタさせた。
おお、活発!
いつもはヒロイナと一緒に大人しくしているイメージしか無かったが、実は活発な子だったのだろうか。
興味が湧いたので、俺はこの一人と一台を追いかけてみることにした。
そう言えば、ダリアが生まれてからもう十ヶ月は過ぎているのか。
時が経つのは早いものだ。
未熟児として生まれたダリアだったが、おっぱいを飲んですくすく育ち、今ではちょっと小さいながらも立派な赤ちゃんだ。
ヒロイナの愛情たっぷりで作られたベビー服を纏っている。
あいつはお裁縫が苦手だったので、あちこち縫製が荒いが。
荒い分を糸の量で補っていて、頑丈だな。
途中、ぼーっと道端で突っ立っていたバインに遭遇した。
「あー!」
バインが驚愕する。
いつも自分が乗っている二等兵の上に、ダリアがいたのである。
そりゃあ驚く。
「あうーおー! おーあー!」
「なんだなんだ。何を俺に訴えかけているんだ」
バインがしきりに俺に語りかけてくる。
まだ言葉になってないが、表情は雄弁だな。
これは自分の居場所を取られたという悔しみの表情……ではない。
言うなれば、
「えーっ!? お前ダリア、そこまで活動的に動けたの!? 二等兵に乗って移動できるの!? えっ、えっ、マジ!?」
くらいの感情であろう。
言葉を話さなくても、誰よりも感情表現が豊かであることを俺は知っているのだ。
「そうだぞバイン。赤ちゃんは日々成長するのだ。お前だってそうだろう」
「おー」
言葉の意味は分からないなりになんとなく納得したらしい。
バインもトコトコと二等兵の後をついてくるようになった。
背丈では既にマドカを追い越し、足腰の頑健さはもうすぐ誕生二周年とはとても思えぬバインである。
駆ける速度はサーラよりも早い。
フィジカルエリートだ。
「うー!」
ダリアがばたばたした。
彼女の体重移動を察知して、二等兵が道をカーブしていく。
ダリアは自分の思うがままに二等兵が移動してくれるのが嬉しいらしく、キャッキャとはしゃいでいる。
これはちょっとした冒険であろう。
「うちの村の赤ちゃんはあれか? 何か冒険をしなければならない縛りがあるのか?」
「んおー?」
バインがこっちを見上げて首を傾げている。
お前もだぞバイン。
しかしこいつも、この間生まれたと思ったら、もう俺と並んでトコトコ歩くようになってるんだもんなあ。
足には、ブルスト謹製の草履を履いている。
サイズアップに合わせてほどき、どんどん拡張できるようになっているそうだ。
バインの成長ぶりは半端じゃないからな。
三人と一台で、散歩のようなものをしている。
すると、向こうから勇者村ちびっこチームのリーダーが歩いてきた。
「ショート!」
「ビンじゃないか。今日もパトロールしてたのか」
「うん。ショートはなにしてるの? あ、ダリアとバインだ! にとうへいもいる!」
『これはこれはビンさん! ご機嫌麗しゅう』
勇者村のパワーバランスを熟知している二等兵、三歳半のビンにへりくだる。
「にとうへいおつかれさま!」
「もうお疲れ様って言えるのか……。凄いな……」
フックとミーの教育がいいのもあるだろうが、図書館で貪欲に知識を吸収してもいるらしいからな。
読み聞かせばかりではなく、自分の力で絵本を読めるようにもなって来ているらしい。
力と異能と知力まで備えた完璧超人、ビン。
「ダリアとバイン、ぼうけんだね」
にやりとビンが笑った。
彼自身も通った道である。
「がんばって!!」
手を振りながら、勇者村ちびっこのリーダー格は去っていった。
冒険の体験は即ち、ちびどものものである。
自分が手を貸してはならんと思っているのだな。
まあ、ダリアはさすがにちっちゃいから心配なので、俺がついてきているわけなのだが。
ダリアは時々振り返り、見知った俺とバインを見て安心しているようだ。
一人だと不安だもんな。
そして二等兵はもりもり進む。
稲刈りが終わった田んぼを横目に、小川に向かって走る。
さらさら流れる川。
雨季になれば増量するから、ちびっこ接近禁止になる。
今年小川のさらさら具合を眺められるのは、今日だけかもしれないな。
水べりまでやって来ると、ダリアがじーっと水面を見ていた。
水中を虫やら小魚がすいすい泳いでいる。
「あぶ!」
バインがどたどたどたっと走ってきた。
大迫力のアクションに、虫も魚も逃げてしまう。
ダリアがガーン!という顔になった。
「ふえ……」
あ、泣きそうだ。
「うば……!」
バインが慌てている。
助けを求めるように俺を見た。
「泣いちゃうものは仕方ない」
「ほぎゃー!」
ダリアが泣き出したのであった。
俺はひょいっと彼女を抱っこして、ぽんぽんしてやる。
赤ちゃんは泣くのも仕事なので、こうやってちょっとしたことで感情を爆発させて泣くのはいい運動になる。
ダリアはちっちゃいから、体力もちゃんとつけて行かねばだしな。
しばらく泣くに任せて抱っこしていると、泣きつかれてスヤスヤ眠ってしまった。
ビンやマドカはぷうぷう言いながら寝るのに、なんと上品な眠りであろうか。
「ヒロイナとフォスの血は品があるのだなあ。なあ、バイン」
「うー」
バインも眠そうではないか。
「二等兵、バインを乗せて家まで運ぶのだ」
『了解しました。バインさん上に乗るのです』
「うー」
のそのそと二等兵の上にかぶさるバイン。
彼を載せて、二等兵はぷりぷりと走り去って行ったのだった。
さて、俺はダリアを教会まで送り届けねばな。
ダリアは寝ながら、赤ちゃん語で何かむにゃむにゃと呟いているのだった。
冒険の続きを夢に見ているのかも知れない。
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勇者村の冒険赤ちゃんシリーズである。
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