第345話 味が濃いものを輸出する

 ついに、勇者村で誕生した命を削る味の発酵豆と、その豆にベストマッチする辛口で割っても美味い酒が輸出されることになった。


「いいのかなあ……。本当にいいのかなあ……」


 ハラハラする俺である。 

 だってこれ、あれだよ?

 高血圧とか糖尿病とかを呼び起こしかねない、旨味の爆弾と、その後味をスッキリ洗い流してくれて爽やかな後味だけが残る酒だよ?


「やべえよやべえよ……」


「村長、我々は魔王に魂を売ったようなものなんです。ですが市場に流通する量をコントロールすることで、村長がおっしゃる生活習慣病にならないようにすることはできるでしょう。顧客の飢餓感を煽ってじゃぶじゃぶ儲けるんです」


 バロソンがとんでもないことを言う。

 こいつやり手だなあ!

 次の魔王になるのかもしれん。


「いやさ。勇者村は貨幣なくていいんだけど」


「貨幣を流通させる必要はないですけど、将来的に村から出て外の世界に向かっていく人は出るでしょう。だから、隣りにある宇宙船村がちょうどいいんです」


「おお、あそこは貨幣経済の権化だもんな」


「そこで練習させるわけか」


「ええ、そのために蓄財をする必要があります。それを使って、勇者村には直接関係しないところで金を回すんです。金は留めておくと価値がありませんが、市場で回し続ければ様々なものを生み出していきますからね」


「お前はなんて恐ろしい男なんだ」


 バロソン!

 とんでもないやつだ。

 

「バロソンは才能が溢れる男なんですよ。ただ、商家の次男なんですよね」


 ヤシモがとんでもない説明をしてきたぞ。


「!?」


 次男で才能にあふれている……。

 それはつまり。


「私は暗殺されかけましてね! 父が慌てて私を留学候補に出したので、あの時村長に選ばれなければ死んでいましたね」


「ギャンブルだったんだなあ」


「噂では、勇者ショートは捻くれてると聞いていまして、選ばれやすいように地味で普通な感じをあの場では装っていました」


「やり手だなあ……。俺の性格まで把握していたのか」


 こうして輸出品は運ばれていった。

 この旨味爆弾、勇者村では中毒性を感じない程度まで薄めて食卓に並んでいる。


 輸出したものも、他の豆と一緒に煮ることで旨味を他に移すことができ、これによって安価なほどほど旨味豆となって嵩を増やせる話は、取引業者にした。

 ちゃんと危険のない運用をしてくれるとありがたいのだが。


 バロソンだけが不敵に笑っているのであった。


 そして後日。


「た、た、頼むぅ!! あの旨味爆弾豆をあるだけ売ってだされえ!!」


 どこかの貴族が使いをよこしてそんな事を村の入り口で言うのである。


「幾らでも金を出します!! 頼みます! この通りです!!」


「この男……ハジメーノ王国古参の侯爵家の執事じゃないか」


 俺も顔を知っているくらい、お受けでは名の通った侯爵なのである。

 まさか……。


「侯爵がやっちまったか」


「そ、そうです……!! 勇者様、あなたはなんという恐ろしいものを市場に解き放ったのですか! 侯爵様はあの魔王の豆によって完全に骨抜きにされてしまいました……」


「あかん」


 後ろでバロソンが、邪悪な笑みとともにガッツポーズを決めている。

 いかんて。


 これで旨味爆弾と、あの辛口の酒の威力は分かった。

 女王トラッピアの大粛清を生き残るほどのやり手であった侯爵が、恥も外聞もなく最も頼みとする執事を差し向けてまで旨味爆弾豆を買い取ろうとするほどおかしくなる。


 あれはもはや、ドラッグ的な何かだな……。


「薄めなかったのか」


「はい。毒味をした者がまずは前後不覚になり、侯爵様がこれを口にして……うううう……」


「なんで毒味が前後不覚になるようなもの食べたの」


 仕方ないので、俺はシュンッで侯爵の家まで飛んだ。

 そこで、「豆……豆ぇ……」とかゾンビみたいな顔色になって呻いている侯爵を発見。


「おらぁ!! ドクトール!! これによってお前の中から旨味爆弾豆の記憶も消す! あれは毒だからな!!」


「ウグワーッ!? 甘美な記憶が消されていくーっ!!」


 やはり毒判定になったか。

 俺はすぐさま戻ってきて、バロソンにデコピンをした。


「ウグワーッ!?」


「成功すれば間違いなくとんでもないビジネスになる。だがこいつは世界を混乱の底に叩き込む悪魔の豆と酒だ。あえて不味くしてから輸出するようにするんだ」


「そんな! 一攫千金ですよ……!? この豆だけで世界を獲れます!」


「多分穫れると思うが、人としてやっちゃいかんことというのはあるからな……」


 村長としての強権を発動したのである。

 この豆は、ワールディアの人類にはまだ早すぎる。


 美食に溢れた地球であれば、まだ対抗できるだろうが。

 一瞬でもバロソンのプレゼンに耳を貸し、そのまま輸出することを許してしまった俺の不覚であった。

 気をつけよう。


 だが、バロソンの目にはまだ、不屈の輝きが宿っているのだった。

 こいつ……影からあの豆を輸出しそうだな……。


「では、どうでしょう村長。豆と酒は別々に輸出する……。それぞれを合わせねば理想的な組み合わせにはなりませんから、危険度は下がるかと」


「お前、二つを組み合わせるレシピを売るつもりだな……?」


「ギクッ!? ど、どうしてそれを……」


「俺は捻くれているからな! 捻くれ者のことはよく分かるのだ」


 こうして、バロソンは泣く泣く、輸出品のクオリティを下げて扱うことになったのだった。

 それにしても、貨幣経済は必要ないが、貨幣の扱いには慣れておく必要があるという彼の言葉は刺さった。

 そういうこともしっかり考えて行かねばならないな……。


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