第344話 母、胎教と言う

 うちの母親がやって来た。

 まあ毎週来ては、婦人会に編み物や料理を伝授しているのだが。


 ここ数年、うちの村の婦人会が超高速で進化しているのは、母の手によるものだったか!

 現代知識チートが授けられていたのだな。


「ショート! お母さんね、こう言うのを持ってきたの」


「大昔のラジカセっていうやつじゃん」


「これなら電池で動くからいらないでしょ、電源! これにね……胎教にいいっていうカセットテープを」


「カセットテープ!!」


「私が子どもの頃はカセットテープが主流だったのよ? さすがにレコードはだんだん廃れてきていたけど」


「大昔の話だ……」


 だが、近年の音楽プレイヤーでは無いからこそ活かせる、アナログな機器の実力というものはある。

 妹の携帯ミュージックプレイヤーもあったので、カトリナを呼んで音楽の聴き比べをしてもらった。


「こっちは音が痛い感じ」


「ミュージックプレイヤーのはちょっと違和感か」


「そうだねえ。こっちはなんだか、音がふんわりしてて好き」


「アナログ音源的な感じだからなあ」


 この世界だと、レコードやカセットテープの方が受けが良いかもしれん。

 それに牧歌的なうちの村なら、古いラジカセの方がマッチするだろう。


「じゃあラジカセを借りる……」


「ええ! これは換えの電池ね! 一ヶ月分買ってきたから」


「うわあ、派手なことするなあ!」


「二人目の孫だもの!! なんでもするわよー!! 教育方針はあなたたち夫婦のものだけど、邪魔にならない範囲でどんどん手伝うわ!」


「ありがとうお義母さん! もっとどんどん絡んでくれていいんだよ!」


「ほんと!? カトリナちゃんは本当にいい子ねえ……。こんな娘も欲しかったわ。あ、もう私たちの娘みたいなものだったわね! うーん、満足感!」


 村に来た母はいつもテンションが高いなあ。


「そういうことで、胎教よー! なんか、癒やし系? みたいな? 音楽をお腹の中の赤ちゃんに聞かせるとすくすく育つとか……」


 そこにトコトコ歩いてきたマドカ。


「ばあば! あそぼ!!」


「あらマドカちゃん! 遊びましょ遊びましょ。あら、胎教なんか無くてもマドカちゃんはとっても可愛くいい子に育ってるものね! 忘れて忘れて!」


 なんだったんだ。

 母はマドカと一緒に遊びに行ってしまった。


「ふむむむむ」


 カトリナがラジカセを前にして唸っている。

 これは興味津々の顔!

 何気にうちの奥さん、現代日本の文化に興味津々なんだよな。


 時々マドカと一緒に実家を覗きに行って、色々教えてもらったりしてるらしいし。


「ショート、このボタンを押すんだよね」


「おう。俺が子どもの頃はもうCDだったからな。カセットテープなんかほぼ使わなかったぞ」


「CD?」


 そうか、カトリナはCDも分からなかったな。

 現実の世界は、もう音楽も電子情報になっているからなあ。

 こっちはカトリナも経験済みだ。


 そういう意味では、カセットテープやレコードはこっちの世界でこそ生きるかも知れない。


「試しにボタンを押してみるといい」


「分かった。どれどれ……?」


 電源スイッチを入れて、再生ボタンを押す。

 すると、カセットテープの中に入っていた穏やかなメロディが流れ始めた。

 ああ、こりゃあ童謡だ。


 もしかすると、うちの母が子どもの頃のテープかも知れないぞ。

 いやいや、新しくカセットを買ってきたのかもしれない。


 ありうる……。


「きれいな歌声だねえ……」


 カトリナがうっとりして聞き惚れる。

 こういう歌は全世界共通かも知れない。


 聞くものの心を癒やすのだなあ。

 カセットテープの中には、何曲か歌が入っているようだった。


 カトリナに付き合っている内に、全部聞いてしまった。


「これでおしまい?」


「おう。だがカセットテープはこういうことができてな」


 取り出し、逆にして入れる。

 そして再生。

 すると新しい音楽が流れ出した。


「うわー! 逆側にも歌が入ってるんだ!」


「そうだぞ。しかもこうやっていると、カセットテープの中のさっきまでの歌が巻き戻されていって、また前のを最初から聞けるようになるんだ」


「凄い……。凄く工夫されてる!」


「おう。今思うとすげえよなあ」


 レコードだって、両面に音楽が刻まれてたりした気がする。

 アナログ音楽媒体、侮れないな。


 電子音楽の方が小さい空間にたくさん詰め込めるが、やっぱりガジェット感というとアナログの方がいいな俺は。

 その後、しばらくカトリナがカセットを入れ替えたり戻したりしながら音楽を聞いていた。

 するとすっかり夕方ではないか。


「覚えた!」


「覚えてしまったかー」


 カセットの中の曲を覚えたということである。

 意味は余りわからないながらも、日本語の歌をそれっぽい発音で歌い始めるカトリナ。


 あー、いいですねこれー。

 なるほど、胎教じゃないが、俺の精神が安らいでいくわ……。


 お腹の中の赤ちゃんも、落ち着いているのではないだろうか。

 試しにサーチしてみると、ゴキゲンな感じで羊水の中に浮かんでいた。

 生まれる前の赤ちゃんでも分かる、癒やし系ミュージックのパワーよ。


「あー、遊んだ遊んだ! あら、カトリナちゃんが童謡を歌ってる! 気に入ってくれたみたいね」


「おかたんのおうた! まおもうたうー!」


「よーしマドカ、お母さんと一緒に歌を覚えよっか!」


「うん!」


 かくして再び再生されるカセットテープなのだった。

 なんという想定外のヘビーローテーション!

 うちの母は、これを見て満足げなのであった。


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