第339話 改めてスパイの仕上がりはどうなんだ
城に戻ってきた。
トラッピアが呆れ顔で待っている。
「スパイを見つけたらしいではありませんの。呆れたお人好しだこと」
「その場で処断してもいいんだがな。血で血を洗うのは俺の時代で最後にしたいなあ的な事を考えたのだ」
「甘いですわねえ……。で、どこに置いてきたの?」
「南の島。二度と帰ってこれないぞ」
「だったらまあいいでしょう」
苛烈な女帝からオーケーが出たぞ。
あそこから帰ってこようと思ったら、ちゃんとした作りの船で、嵐や高波に遭遇しない運と航海技術がある上で数週間掛かるからな。
まあ赤ちゃんいるし無理だろ。
「アレクスをあの元王に見せなくて良かったのか」
「わたくし、あの人に親らしいことをされたことありませんもの。情なんて全然」
「ドライ!」
トラッピアとともに歩いていった先には、隠し部屋がある。
そこに、スパイたちが集められていた。
見知った顔も幾つかある。
具体的には、魔王軍に支配された町を取り戻す際、パワースとともに潜入工作をしていた腕利きの密偵たちである。
「勇者様! お久しぶりです!」
「お元気そうで!」
「おう、元気だった。しかしまあ、お前らもこんな平和になった時代に、また荒事に首を突っ込もうとかよく志願したよな」
「ハハハ、我らの手は既に血に濡れていますからな」
「平和を築く礎となるならば本望。我らの子や孫の世代が平和に暮らすためならば」
「そうか。俺からも感謝する。ありがとうなお前ら」
彼ら一人ひとりの肩を叩き、握手して回った。
全員が、凄腕の密偵だ。
何せ魔王大戦を生き残った連中だぞ。
トラッピア、一切の妥協がない人選をしたな。
間違いなく、スパイとしては世界最高の人材が揃っていると思う。
「これから彼らを各国へ送り込みますわ。大使として目立つ地位にいる者。その影で、情報を集める者。様々ですものね」
「ああ、目立つやつを囮にして、もう片方で情報を集めるわけか。あるいは目立つ方も社交界で情報を集める……」
「そうなりますわね。そして裏に立つ者を送り込むのはショート、あなたの仕事ですわよ」
「俺かあ」
つまり瞬間移動で町中に届けろという話である。
基本的に、人の出入りが多い王都に潜り込むことになるのだろう。
そこならば、見慣れぬ顔の人間がいても誰も怪しまない。
そして表向き入り込んでいく者は、ハジメーノ王国からの使節としてやって来ることになる。
ここから他国内に大使館みたいなのを作り、駐在するわけだ。
相手国からすると、ハジメーノ王国が差し出した人質。
ハジメーノ王国からすると、情報を得るための窓口。
そして暗躍するスパイ。
「向こうの国もこっちに大使を送り込んでくるんじゃないのか?」
「でしょうね。ですけれど、ハジメーノ王国が積極的に情報を流すのは、向こうへの牽制になるんですわよ。新しいことをどんどんやっていますもの。旧弊な国々にとって、これらは情報過多になること請け合いですわ」
「すごい」
この女帝は強い。
分かってはいたが、本当に強いなトラッピア。
名は体を表すのだ。
こうしてワールディアに生まれる新たな戦いの構造が、直接的な戦いではなく、情報を武器として影で争う冷たい戦争、冷戦なのだな。
新しい時代の到来を実感してしまった。
「こういう人たちが頑張ってくれるおかげで、俺の村は平和を謳歌できるのだ。感謝するぞ」
「いえいえ、感謝するのは我々ですよ勇者様!!」
「あのままでは滅びること確実だったワールディアを救ってくださったのは貴方ではありませんか!」
「我々は、貴方が救った世界を再び私欲のために戦乱で染めようとする恩知らずどもを見張るのです!」
スパイたちが嬉しいことを言ってくれる。
そうかー。
俺の戦いは無駄ではなかったなあ……。
なんか胸の内にあったかいものをもらって、俺はハジメーノ王国を後にするのだった。
なかなか盛りだくさんだった。
ところで、途中で王立取引所に立ち寄ったら、エンサーツが何人か若いのを前にして、仕事のやり方を教えているところだった。
どうやら後継者を育てているようだ。
「おお、ショートじゃねえか。こいつらが次の時代の経済を引っ張る連中だ。国でも優秀な若者だぞ」
「俺が留学生試験で弾いた顔が混じってる」
「勇者様! あの時は申し訳ありませんでした! 下々の人間なんかどうでもいいと思ってたんですが、彼らが経済を支えてて、余録で我々貴族が生きてたんですね……」
生意気な感じだった貴族の子息である。
すっかり丸くなっている。
「俺が経済のイロハを叩き込んだ」
「ははあ、現実を知ったか。生まれがいいと、民とか金が、幾らでも湧いてくるものだと思っちまうもんな。だが運良く貴族に生まれたからそうだったわけだし、魔王大戦で死ななかったのも運が良かっただけだし、持っている者は義務を果たさんとな」
「はい、がんばります!」
貴族の子息の肩をポンポン叩いていくのだた。
うーむ!
我ながら説教臭いおっさんである……。
だんだん昔自分が嫌ってたタイプの人間になっていっているような……。
「お前のは実体験から来るもんだからな。中身が詰まってりゃ、まあいいだろうがよ。第一、身を挺して世界を救った本物の勇者の言葉を、絵空事だって否定できる奴がどこにいるよ。いてもお前がねじ伏せるだろう」
「違いない」
「わっはっは! ……ところで、やっと俺は休暇を取れるようになってな」
「ほう」
「このひよっこどもが、俺がいなくても取引所を回せるくらいの実力にはなった。全員で協力しあって俺の八割くらいだが」
「凄いじゃないか」
「ってことで、俺は息抜きをするぞ。勇者村に帰るんだろ? 連れていけよ」
エンサーツが俺の肩をガシッと掴んだ。
「お前、まさか……!!」
「そう。勇者村釣り大会と行こうじゃねえか!!」
来たな、俺が連敗を喫している恐怖のイベント!!
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