第338話 元勇者、スパイ活動観察に行く
スパイが育成できたらしい。
王都からの連絡をもらい、シュンッで瞬間移動して王城へ。
「あ、勇者様どうぞどうぞ」
「すっかり慣れてしまったな君ら」
「毎月来るじゃないですか」
「そうだっけ……?」
そのまま通してくれる。
城内を行き交う人々も、俺を見てはにこやかに挨拶してくる。
「勇者様、御機嫌よう!」
「今日はどんなご用向で……いやいや、きっと機密ですな」
「俺が来たら何かあるって分かってたら、機密にならなくない?」
「多分城内にスパイも入ってきてると思いますが……女王陛下が、そこは勇者様に任せておけと仰られて」
「なるほど」
お城の人から聞いて、スパイ捜索を自由にやっていいらしいことを理解する。
「よーし、道すがら、城内全員の脳内を走査するかあ。ヨミトール!!」
歩きながら、魔力を城内全体に広げてみる。
ほうほう。
ほうほう……。
あっ、こら、城内で逢い引きしてけしからんことしてるんじゃない!
こっちでは倉庫の宝剣を勝手に振ったりしてるな。
人目が無いところだと、フリーダムだなみんな。
それで、城内のスパイだが……。
「お前か」
「えっ!?」
近くを歩いていた騎士を捕まえた。
「な、なんですか勇者様」
この男は、俺がこの世界に召喚された当時から城に勤めていた。
古参の騎士で、何度か戦場にも出ていたと思うが……。
「なんで今スパイなんかやってるのよ」
「何を仰る……」
「俺が人の頭の中を読めるのを知ってるだろ」
「う……ううううっ!」
騎士は真っ青になり、ぶるぶる震えだした。
そして、剣を抜いて俺に向けて突き立ててくる。
「ツアーッ!」
俺はこいつを胸板で受けて折る!
「ウグワーッ!? わ、私の魔剣が!!」
「並の魔剣では俺のお肌を貫くことすらできないのだ。素の防御力が違うからな」
「くっ……」
がっくりと膝を突く騎士。
その顔は絶望に染まっている。
「まあ、お前さんが裏切った理由も読んだんだけどな。そうか、先王はクズだったが、お前は世話になったのか。ザマアサレ一世は身内には優しかったんだなあ」
「ううう……。私が結婚したときには仲人を」
「そこまで親しかったのかあ」
どんなダメなやつでも、いいところはあったりするのかも知れないな。
更迭されたザマアサレ一世のために、彼はスパイとなって国の情報を他国に売っていたのである。
トラッピアの政治は改革に次ぐ改革。
ついていけない奴は絶対出るし、その中には反抗する者もいるだろう。
古い時代を愛していた人間なら、敵対すら考えるだろうな。
「で、どうする? お前はこのままなら死刑だ。それでいいのか?」
「い、いやだ。死にたくない! 我が家には陛下を匿ってるんだ……」
「ザマアサレのやつお前の家に住んでたのか!!」
これは意外。
騎士の夫婦は、ザマアサレ一世を庇って暮らしていたのだ。
「スパイしたことは罪だが、うーん。俺はお前のこと嫌いになれないしな。あの王に忠義を誓ってたんだもんなあ。よし」
俺は決断した。
「神様だろうが英雄だろうが、自分勝手なことをするもんだ。いいか? お前ら夫婦を逃がす。ザマアサレも連れて行っていい。だが、二度とこの国の戻れない場所に送るぞ。具体的には南国のだな、俺が魔王アセロリオンと戦った島だ」
「見逃してくれるのですか……!! おお……ありがとうございます! ありがとうございます!」
「おう。なんだかんだでお前が流した情報での損害は、発生する前に俺が潰したしな。俺の権限でお前を見逃す」
ということで。
騎士を連れて彼の家に行き、奥さんと、産まれたばかりらしい赤ちゃんと、赤ん坊をあやしているザマアサレ一世に会った。
ザマアサレの奴はすっかりしおれており、俺が誰かも分からなくなっていた。
だが、その方が幸せかも知れんな。
赤ん坊をあやす姿はすっかりおじいちゃんである。
「じゃあな。南国でどうにか暮らすがいい」
騎士の夫婦は俺に、深く頭を下げた。
「あぶー?」
赤ちゃんが指を咥えて、俺をじーっと見つめている。
異なる地で暮らすのは大変だろうが、ここにいたら確実に処刑される。
死ぬよりはマシだ。
俺は念動魔法で彼らを包み込み、持ち上げた。
そして、南の島まで運んでいく。
顔見知りの島民を見つけて、事情を話した。
南国はすっかりスローライフに戻っている。
工業製品を作っても、もはや消費できる市場が存在しないのだ。
そして生産のための原材料は掘り尽くし、島からは無くなってしまっている。
「何もかも無くなってしまって、今はみんな昔の暮らしに戻りつつありますよ。あの信じられないような忙しさと、豊かさは幻だったんですねえ」
「おう。大量に物を消費して、拡大し続ける市場なんて幻に決まってる。どこかで限界が来て弾けるんだ。この島はダメージが少ないうちに弾けて良かったじゃないか」
俺が弾けさせたようなもんだがな。
「ということで、こいつらの世話を見てくれ。仕事を与えてやるとかさ」
「ああ、はい! 島には今、幾らでも仕事がありますよ。畑を作らないといけませんし、漁もしなければいけませんし……」
第一次産業だけで生活するようになってるのだ。
つまり、人手はいくらあっても足りない。
騎士の夫婦も、新天地で生きようという決意を顔ににじませて頷いた。
ザマアサレ一世はポカーンとしているな。
まあ、余生を過ごすにはいいんじゃないか。
「では俺は、城で育成されているスパイを見に行くからな。達者でな」
「勇者様、ありがとうございます!!」
「おう」
俺は手を振って、彼らと別れるのだった。
さらば、南の島よ!
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