第337話 発酵室の濃い面々

 昼飯の支度ができたと言うので、発酵室と醸造室の面々を呼びに行った。

 すると、川べりで横一列になりながら、何やら論を戦わせている者たちがいるではないか。


 クロロック、パピュータ、ヤシモ、ニャンスキーの四名である。

 勇者村発酵チームだ。

 濃いなあ。


「やあ、これはショートさん。そろそろお昼ごはんの頃合いだと思っていました」


 俺に気付いたのはクロロックだ。

 長年の習慣から、そろそろお昼タイムだと分かっていたのだろう。


 パピュータとヤシモはまだ、何やら論議をしている。

 ニャンスキーは横合いで話を聞きながら、適当な感じの混ぜっ返しをしている。


「歩きながら続きをするといい。何の話をしてたんだ?」


「発酵食品にどれくらい塩分を入れるかと言う話です! です!」


「あー、パピュータはクロロックと同じ両生人だもんなあ。塩分が多いと食べられない」


「です!」


「それでも、そこは両生人向けは塩分を減らす特別な処理をすればいいんじゃないですか。基本は塩を増やして味を付けたり、発酵を止めるべきですよ」


「発酵し続けているのがいいんです! です! そこまで含めて美味しさです! です!」


 色々な考え方があるな。

 クロロックは上機嫌に、喉をクロクロ鳴らしている。

 弟子たちが活発に意見を戦わせているのが、嬉しいんだろう。


「ねこは塩分が少ないほうがいいですニャア。ご覧の通りサイズが小さいので人間くらいの塩分では喉が乾きますニャア」


「うーん」


 ヤシモの分が悪くなってきた。


「ヤシモ、やはり塩分を大量に摂取できるのは人間とかオーガとかみたいな、汗をたくさんかく種族だけだからな。勇者村においては、基本は塩分控えめで後から追い塩分がいいかも知れん」


「なるほど……村長もですか。確かに、王国は人間の方が多かったですもんね……。うちの旨味粉末愛用者には、持病を持った方が多かった気がしますし」


「高血圧かも知れんな……」


 恐ろしい恐ろしい。

 美味いものは基本的に、摂取しすぎることで体が壊れるものも多い。

 適量が大事なのだ。


「ところで村の人には、汗をたくさんかく種族が多い。ヤシモの意見ももっともかもしれない。ここは二つ同時に生産してみてはどうか」


 俺の意見に、発酵室の面々がふむふむと頷く。


「なるほど。あらかじめ二種類の生産ラインを確保するということですね」


 クロロック、現代日本へちょくちょく行っているから、向こうの言葉を覚えてきている。


「そうなる。どうせ輸出することになるだろ?」


「なりますね。これが軌道に乗ったら勇者村だけでは消費しきれないかもしれませんから」


 そうなるならば、今後どうしていくかを話し合うべきだ。

 そのように俺は思ったのである。

 ということで、昼食をしながら今後についての話し合いだ。


「おかずが増えるの? 賛成!」


「味が薄いのは、色々後から味付けできるから便利かもね」


 勇者村婦人会を代表して、カトリナとミー。

 概ね好意的な意見だ。

 これは二つのラインで発酵食品を作る方向で確定だな。


 途中までは一緒だが、製品として完成させる時点で、濃い味付けのものと薄味、あるいは全く味をつけないものに分ける。

 これで行くことになった。


「決定が早いですね。素晴らしい」


 クロロックが嬉しそうである。

 決定が早ければ、すぐに作業に取り掛かれるもんな。


 ここで、商人の息子であるバロソンが手を挙げた。


「どちらもニーズがありそうですよね。じゃあ自分が宇宙船村に売り込みに行きましょう。我が商会がバックアップしますよ」


「おっ、それはありがたい。流通関係とか勇者村は素人だからな」


「お任せ下さい! その代わり、販路開拓と広報にそれなりのマージンをいただきますが」


「なるほど、生産以外の全部を請け負うから中間マージン高かったのか」


 ヤシモから、バロソンの商会を通して実家の豆粉末を売っていたが、儲けはそこまで大きくなかったと聞いていた。

 ぼったくってるのかと思ったら、そうではないらしい。


 バロソンに聞いてみると、ニーズの開拓から食事会などの定期的な開催、顧客の要望を聞いてヤシモ家に新商品開発の依頼、スタッフを派遣しての商品共同開発、さらには貯蔵に適した倉庫を用意しての商品管理まで行っているのだ。


「凄いところだな。確かにマージン高くなるわ」


「僕は全然知りませんでした」


「ヤシモにはいいものを作ることに集中して欲しいからね。それ以外が商人の仕事だよ」


 ヤシモとバロソン、いいコンビではないか。

 ちなみに留学生最後の一人というか一匹である、ニャンバートは特になにもしていなかった。

 安定のねこである。


「こっちの猫も発酵室に放り込んではどうか」


「猫の人は一人で十分ですねえ。醸造室に送ってはどうでしょう」


「なるほど」


 クロロック案を受けて、ニャンバートをオットー預かりとすることにした。


「ケットシーですか。働き者のケットシーは皆、魔王大戦で亡くなったと聞きます。つまり元気に生き残っている彼は」


「私は筋金入りの怠け者ですニャ!」


 堂々と言い放つニャンバート。


「怠け者も使いようです。おまかせくだされ」


 オットーが好々爺っぽい笑顔を見せた。

 彼の年の功に期待であろう。

 ニャンバートが嫌な予感を覚えたのか、ソローっと逃げようとしていた。


「ねこさん!」


 そこを走ってきたサーラにキャッチされる。


「あーれー」


「サーラ嬢ちゃん素晴らしいしごとですぞ。では、わしはニャンバート殿を預かってちょっと教育して参ります」


 ニャンバートを小脇に抱え、去っていくオットー。


「ついにやつも労働の魔手に捕らえられてしまいましたニャア」


 しみじみと呟くニャンスキーであった。

 そう言えば君は一足先に労働するようになってたもんな。


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