第330話 発酵豆で酒を飲む

 ニーゲルとポチーナの式が終わり、大いに飯を飲み食いしている時。

 シャルロッテの執事であるオットーと、留学生のヤシモが見慣れぬ物を持ってきていた。


「なんだそれ」


「これはですな。ヤシモくんが研究している豆を発酵させたものです。別の菌を使って発酵させているのだそうで」


「凄いんですよこれ。物凄い旨味がでてきてるんです」


 旨味という概念があるのかワールディア!

 恐るべし。

 そう思ったら、ヤシモの実家のビッグビーン家は豆で出汁を取る技を一子相伝しており、これを乾燥させたものを旨味粉末として王都にお出ししているらしい。


「お出汁をお出しか……ふふふ」


「おとたん笑ってるー」


「何か面白いこと思いついたのねえ」


 いかん、マドカとカトリナに不思議がられた。

 しかしまあ、ごく小規模な貴族の子どもであるヤシモが、どうして留学生候補になったのか不思議だったが……。


「旨味を司る貴族だったからか」


「はい。数が作れないので、値段が高いのですが……仲買いの商会に払うマージンが多くてあまりお金になってません」


「ぼったくられてるかも知れんな」


「その商会の息子がバロソンで」


「身近に実情を知る男がいたな」


「まあまあ村長。ヤシモくんの新作は本当にすごいのですよ。ぜひ食べてみて下さい」


「オットー激推しじゃないか。そんな凄いの?」


「一口摘んでから酒を飲んでみて下さい」


「なにぃー」


 皿の上には、柔らかく煮られたように見える豆がある。

 あれっ。

 これってもしかして……。


 摘んでみると、ベトッとして糸を引いた。

 納豆では!?


 パクっと食うと、納豆とはまた違う味なのだが、旨味爆弾みたいな味が口いっぱいに広がる。

 後からやって来るのは塩辛さである。


「むうっ!!」


 勇者村名物の丘ヤシ酒をぐっと呷る。

 やばい、美味い。

 なんで合うんだ。


「悔しいが美味い。めちゃくちゃ美味い。地球にはな、酒盗というちょっとつまむだけで酒が大量に飲める代物があってな……。勇者村製の酒盗とでも言うべきものが完成してしまったようだ……」


 これは恐ろしい発明だぞ。

 どれくらい恐ろしいかと言うと、今まで酒浸りな人がいなかった我が村で、アル中が出るかもしれないレベルで強力なおつまみだ。


 俺は少し考えて、判断を下した。


「酒と合わせるの封印」


「殺生な!」


「僕の発明はダメでしたか!?」


「ダメではない。ヤシモ、君は世界という時計の秒針を凄まじい速度で進めてしまったのだ。天才か。いいか、酒はいかん……。スラムを見たことあるか? 道端で酔いつぶれてぶっ倒れている奴とかいるだろう。この豆は旨すぎて、摘んだ人間に無限に酒を飲ませてしまう。スラムの脇で酔いつぶれてぶっ倒れてる人量産装置だ。危険過ぎる。これはあれだ。米に合わせよう」


 俺は二人を説得した。


「ああ、それはいけませんな……」


「そうですね……。僕の作ったもので不幸になる人を出すわけにはいきません」


 ということで、お米を炊くことにした。

 パーティーの最中に、猛烈な勢いで米を炊いている俺である。

 村のみんなが不思議そうに見ている。


 だが、すぐに「村長が変なことをするのはいつものことである」と興味を失ったようだ。

 そうこうしているうちに、米が炊きあがった。

 すっかり夕方である。


 どうせこの飲み会は真夜中まで続くのだ。

 まだまだ半ばと言えよう。


 炊きたての米を持って俺はやってきた。

 そして箸で豆を摘んで米に載せる。


 やっぱりこれは、味わいは違うが納豆である。

 ふっくらと炊かれた米とともに、口に含んでみる。


 むうっ!!

 溢れ出す唾液。

 米の淡白さが、豆の強烈な旨味をしっかりと受け止め、ほどよいバランスに緩和する。


「これは……飯の友革命が起きるぞ」


「村長が何か感動しているようですが、よく分かりませんな……」


「凄く褒められていることだけは分かります」


「この豆、クロロックは食べたのか?」


「はい。しょっぱすぎて水に飛び込んでしまいました」


 あー。

 塩分が高すぎたんだな。


 しかしこの豆、塩分や米の進み方も考えると、高血圧と糖尿も呼び込まないだろうか。

 危険だ……!!


「ヤシモ」


「はい」


「この食べ物をダウングレードする。危険過ぎる」


「そんなあ!」


「これは合法的なドラッグのようなものだ。この世界で消費されるにはまだ早過ぎる……!! 君は新たな魔王とでも呼ぶべき、世界を蝕みかねないほどの力を持つサムシングを生み出してしまったのかも知れん。恐るべき天才……」


「そ、そこまで僕を評価!? わ、分かりました。どちらにせよ、手間が掛かりすぎてたくさん作れないんです。味を薄くしたらもっと早くたくさん作れますから……」


 ということで。

 この旨味爆弾豆は、かなりその威力を減じさせた状態で、勇者村製の旨納豆となったのだった。

 これがちびっこたちに大人気になり、何にでも掛けて食べるようになるのはまた別の話だ。


「おっ! ショート、美味そうなもの食ってるじゃねえか! 俺にも食わせてくれよ」


「いかん! ブルスト! 酒好きがこれをやったら戻ってこれなくなるぞ!!」


「お、おう。何を世界の危機みたいな顔してるんだ」


 俺にとっての世界の危機だぞ。

 パメラもバインもびっくりしているが、これは君たちの家庭を守るためでもあるのだ。

 旨味爆弾は、俺とヤシモとオットーで全部消化しきってしまったのだった。


 俺がそこまで酒をたくさん飲まないタイプで本当に良かった……!


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