第327話 肥溜め管理人家のおめでた

「た、た、た、た大変だあ!」


 ニーゲルが物凄い勢いでやって来た。

 俺とカトリナが、田んぼの手入れをしているところである。


 いつもは肥溜めで仕事に従事しているニーゲルがわざわざやって来るとは。

 大事だろうか。


 だが、カトリナだけがニヤリと笑っている。


「なにか知っているのかカトリナ!」


「むふふ、多分あっちの話かなって思って。ねえニーゲルさん、もしかしてポチーナが」


「う、うす! その、赤ちゃんが……」


「おおーっ!!」


 俺は水田から文字通り飛び上がって畦に着地した。


「マジかあ。やったなニーゲル! あれ? もうとっくにできてたもんだと」


「あれはポチーナが、できると思うって言ってたのよ」


 カトリナが補足してくれた。


「私としては、ミーとスーリヤと一緒に、夫婦とはなんぞやって教えてきた立場だからねえ……」


 うんうんと感慨深げなカトリナなのだ。

 そしてハッとする。


「いけない!! ニーゲルさん! ポチーナと式挙げてないじゃない! なんか成り行きのまま同棲する感じになっちゃってて! これはいけない、いけないよ!」


「カトリナが燃えている」


 ニーゲルはオロオロしていた。

 もともとキャパが広いタイプじゃないからな。


「ど、ど、どうしたらいいんだろう」


「つまりだな。村にとって結婚式はお祭りなんだ。お前とポチーナの結婚式と、おめでた記念パーティーを盛大に執り行なって、それをだしにしてみんなで大いに楽しもうって話だよ」


「は、はあ。俺なんかがそんな、いいんすか」


「ニーゲル、人生で主役になったことが一度も無さそうだもんなあ。いいんだぞ……。お前とポチーナが主役のパーティーをする。誰だって一度は主役になっていいのだ」


 俺はニーゲルの肩をぽんぽんと叩いた。

 ということでだ。


 ポチーナがおめでたという情報は、瞬く間に村を駆け巡った。

 たくさんの緩やかな娯楽はあるものの、こういう刺激の強い娯楽が少ない村である。


 その日の内に村人全員が知ることになった。

 中でも喜んだのは、カールくん一家である。


「ほんとうかいポチーナ! おめでとう!! ぼくにとって、いもうとかおとうとみたいなものだな!」


「はい、ありがとうございますです坊ちゃま!」


 カールくんとポチーナが手を取り合って、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

 とても微笑ましい。


「おめでとうポチーナ! 賑やかになります! 楽しみです! わたくしにも赤ちゃんを抱っこさせてくださいね!」


「もちろんです奥様!」


「私にとっても孫のようなものですからなあ……!」


 シャルロッテがポチーナを抱きしめたり、オットーがちょっと涙ぐんだりである。

 そうかそうか、カールくんファミリーが増える展開でもあるのだな、これは。


 村人は全員が家族だと俺は思っているが、その中でも色濃い繋がりというものがあっていい。

 他とはまた違った喜び方なのである。


 ちなみに、ポチーナのお腹の中に赤ちゃんがいるわよ発言をしたのは、いつもどおり、ヒロイナだ。

 せっせと仕事をしていたポチーナを見て、彼女は血相を変えたらしい。


「あの時は驚いたわよ。もう五ヶ月目くらいじゃない? でもせっせと仕事してるでしょ? だんだんセーブして行かなきゃ。というか、獣人はつわりとかきつくないのね」


「調子悪いなって思ってたです。ですけど、ニーゲルは休んでてって言ったですけど、ちょっとずつ働かなきゃなって思ったです」


「これはいかん」


 俺はここに問題を発見せり、である。


「みんな、調子が悪くなったら、必ずヒロイナがリタに診てもらうこと。フォスとブレインもそういうの分かるからな。誰かに頼るように。あ、俺も分かるからね。ただ、俺は見ての通り忙しいので能動的に気付いたりできない」


 勇者村に新たな決まりができあがったのであった。

 体調が悪い時は無理せず、ちゃんと訴え出て診てもらうこと、である。


 ちなみにワールディアでは、天命というのがあるらしく、どんなに健康に気を使って暮らしていたとしても、生まれつき定められた寿命に達すると死ぬんだそうだ。

 これはユイーツ神から聞いた話な。


 だから、生きている間は健康的に過ごしておいて、寿命になったぽっくり逝くのが理想だと俺は考えたわけだ。

 俺は寿命を見る魔法は作れるが開発していない。

 そういうのは神様になってからやることだからな。


 まだまだ俺は人間なのである。

 ということで、人間として、仲間の結婚式を盛大に祝おうではないか。


「ドレス作らなきゃね!」


「お料理の準備をしなくちゃ!」


 村の婦人会がわいわいと動き出した。


「式は盛大にやりたいもんな。よし、食材の準備だー!」


 男たちが狩りや釣りや収穫に動き出す。

 結婚式というお祭りを、みんな全力で楽しむつもりなのだ。


 ニーゲルとポチーナは、これを呆然として眺めていた。


「お、おれたちのためにしてくれるのか……? おれ、人から何かしてもらったことほとんど無いから、なんか何も分からなくて」


「私も、旦那さまのところに売られてきた時は、こんな風にお祝いされるなんて思ってなかったです」


 何気にポチーナの重い過去が吐露された気がするな!


「ニーゲルは、自分の境遇を脱しようと思って俺についてきただろ。あの選択がお前の人生を変えたんだ。ポチーナだって、シャルロッテとカールくんについていくと決めただろ? 明らかに厳しい道程だろうに、それを選んだから今があるんだ。二人とも胸を張れよ。君たちが選んだ道が、ここに繋がってたんだ」


 俺が二人の肩をポンッと叩くと、新米夫婦の目がうるんだ。

 もらい泣きしそうなので、俺も仕事に向かうとしよう……!!


 食材用に、バジリスクの肉の毒抜きをたっぷりやっておかないとな!


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