第325話 元勇者偵察行

「おや村長、どこに行くのですかニャア」


「ニャンスキーじゃないか。発酵室での仕事はどうしたんだ」


「モヤシのような留学生がやる気に満ちているので、即ち任せてのんびり散歩ですニャア」


「早速さぼっているな」


「やあやあそこにいるのは我が盟友ニャンスキー!」


「ねこが増えたぞ」


 ニャンバートまでやって来た。

 ケットシーという直立猫どもは、何かやっているようで何もやっていない。

 だが、歩き回るほうぼうで愛嬌をふりまくので、村人たちにわしゃわしゃと撫でられたり飯をもらったりしているのだ。


 こうやって世の中を渡っていくのだろうなあ。


「どうしたんだ猫ども」


「我々は暇なので、村長についていこうかとたった今即ち思いましたニャア」


「ねこは退屈でも無限にサボれますニャア! ですが刺激があればあったで喜びますニャア!」


「つまり野次馬がしたいんだな。よし、いいだろう。お前たちなら小さいから大して荷物にならない。俺の背中に掴まるのだ」


 二匹のケットシーが、ニャアニャア言いながら俺の背中に飛び乗った。

 そしてバビュン!と飛行魔法で跳び上がるのである。


 飛行魔法はちょっと前まで、テイクオフする勢いで周囲を吹き飛ばしてしまう状態だった。

 だが俺は研鑽を怠らぬ男である。

 バビュンはテイクオフの際の衝撃波をもコントロールできるようになり、ネオバビュンになったのだ。


 呼び名は相変わらずバビュンだがな。

 具体的には、衝撃波は先送りにして、俺が空に飛び上がったところでまとめて衝撃波を出す。


 ちょっと時間を操ってだな。

 そうすると、衝撃波が遅れて発生するんだよな。

 これを応用すると、あらかじめ攻撃を放っておいて、いざというタイミングで用意しておいた攻撃を同時発動することが可能になる。


 そろそろ打撃だけでこの星を破壊できそうだ……!

 どこのバトルマンガだ。


「村長がぶつぶつとんでもない独り言をしているので即ち背中がおぞぞぞぞっとしますニャア」


「ねこたちは恐ろしい人の背中に乗っているのではニャイか! まあ降りれないのニャが!」


「声に出ていたか、気にしなくていいぞ……。俺は心優しいのだ」


 俺が優しい声を出すと、猫たちはニャアニャアとなんとも言えぬ声で鳴くのであった。

 さて、俺が飛び立った理由だが。


「ところで村長、どこに行くのですかニャア。私は即ち何も知らぬまま勢いでついて来ましたニャア」


「ねこは何か勉強すべきことがあった気がしますニャア! しかし、空を飛んでる勢いで何もかも忘れましたニャア!」


 ニャンバートは一応留学生なんだから、そういうのはいかがなものか?


「俺はな、ちょっとスパイに行くのだ」


「スパイですニャ? 後ろに真っ白な雲を引きながら超高速で空を駆けるこんなに目立つ元勇者がスパイですニャ?」


「ハハハハ、勇者ジョークですニャ!!」


「失敬だな君たちは」


 だが、俺も俺がスパイに向いていないことはよく分かっている。


「いいか? 世界は今、何気にまた物騒になって来ているんだ。ハジメーノ王国をよく思わない近隣諸国がだな、平和になったら食い扶持を失ったような連中を煽ってあちこちで反乱を起こそうとしたりしてるのだ」


「また戦争ですかニャア? 平和であろうが戦争だろうが、人は即ち猫を愛でなければ生きていけませんニャア」


「ねこたちが生きるためには問題ありませんニャ!」


「うちの村に問題が出るのよ。ほんと、平和を維持するのは大変だぜ。魔王をぶっ倒したから、はいエンディング、とはいかないもんだな。人間は愚か」


「まるで神のような事を言ってますニャア」


「神様に世界の治安を任されたりしますかニャ!」


 冗談めかしてお前らは言っているが、その通りだったりするんだぞ。

 ちなみに俺は分身を村に残し、農作業を任せている。


 今回は、本体で外に出かけているのだ。

 さーて、まずは近隣諸国の一つ、ワルダーク王国である。


 ここはこれと言った産業がない。

 言うなれば、傭兵を派遣して金を稼いでいるわけだが……。


「魔王大戦が終わってしまって、かなり不景気らしいな」


「戦で飯を食ってるのですニャ」


「平和を維持しようとする村長は彼らの敵ですニャ!」


「そうなるな」


 ワルダーク王国上空をズバビューン!!と通過したら、下の連中がわあわあ騒ぎながら外に飛び出してきた。

 いかんいかん、マッハの速度で通過してしまった。

 ジェット機が通り過ぎた後みたいな音が響き渡っただろうな。


「これは警戒されてしまったな」


「村長今何も考えないで通過しましたニャ?」


「スパイは無理じゃないですかニャ!?」


 まさかねこにツッコミを入れられるとは。


「では辺境に降りて、ほとぼりが冷めてから入国しようじゃないか」


「どれくらい待つつもりですかニャ?」


「三十分?」


「村長何気に堪え性がありませんニャ?」


 ええい、猫め、正論で攻めてくる。

 俺は適当なところに降り立って「村長! ここは王都の真横ですニャ! 辺境ではありませんニャ!」「これは村長、即ちめんどくさくなってきましたニャ。実力行使できるとなるとみんな手抜きをするようになりますニャア」うるさいよ!


 なんということだ、目の前に見える城壁の脇から、わあわあと声がして兵士が走ってくる音がするではないか。

 スパイとしては見つかるわけにはいかんな。


「ここからは本格的にスパイとして活動するので、静かにしていたまえ……」


 ケットシーたちは空気を読み、口を閉じた。

 だが、耳や尻尾がパタパタしている。

 音はしないのでまあよかろう。


 俺は今から、凄腕スパイのショートだ!


「おとたーん!!」


 おっと、コルセンターを通じてマドカからメッセージだ!


「あのねー! まおねー! おだんごねー!」


「うひょー! 見事なピカピカ泥団子だなあ!」


「あっちで声がしたぞー!!」


「村長は即ちあまり深く物事を考えてないのではニャいか?」


「盟友ニャンスキー、ねこたちだけでも静かにしておくニャ!」


 ワルダーク王国の兵士たちを後ろに引き連れて、ドタバタ走り始める俺たちなのだった。


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