第324話 留学生、きたる

 モヤシみたいな男ヤシモと、ケットシーのニャンバート、そして商人の息子のバロソンの三人を連れて帰ってきた。

 早速図書館にやって来る。


「おやショート。そちらの三人はもしや留学生ですか」


「察しが早い! ということで頼む」


「引き受けました。女王陛下からもよろしくと言われていますからね」


 ブレインは微笑み、二人と一匹を受け入れた。

 ちょうど、勇者村のちびっこたちが絵本の読み聞かせをしてもらっているところで、マドカとサーラがびっくりしている。


「しあないひとらー」


「まお! ねこさんいる!」


 俺の前ではマドカをマドカと呼ぶサーラだが、マドカ本人に対しては親愛の情を込めてまおと呼んでいる。

 そんな人見知りな彼女は、マドカにちょっと隠れながら。

 しかし猫好きなサーラはじーっとニャンバートを見ているではないか。


「ほう! レディはねこがすきですかニャン!!」


 スタスタスタっと歩み寄るニャンバート。

 引っ込み思案な女性の扱いをよく分かっているのかも知れん。


「ねこすき」


「それは素晴らしいことですニャン! もしや、ニャンスキーとも仲がよろしいニャン!?」


「ニャンスキーかわいい」


「素晴らしいですニャン! ねこはねこを愛する者がいる場所でこそ幸福に暮らせるのですニャン! これからよろしくですニャン!」


「よろしくねー」


「よおしくー」


 サーラがニャンバートと握手したので、マドカはニャンバートの尻尾をむぎゅっと握った。


「ニギャーッ」


 跳び上がるニャンバート。


「まお! しっぽぎゅーしたら、めーよ!」


「おー!」


 びっくりして手を離すマドカ。

 一つ賢くなったな。


「ごめんね」


「小さいのに謝れるとは素晴らしいですニャン!」


 この様子を、ヤシモはニコニコしながら眺めている。

 心優しい男のようだ。

 それに対してバロソンはブレインの手を取り、


「あの世界でもっとも偉大な賢者、ブレイン様ですか!! お会いできて光栄です! わたくし、バロソンと申します! ブレイン様の薫陶を賜われるとは光栄の極み……」


 ブレインの大ファンだったか。

 大体落ち着いたところで、三人は図書館の奥に案内されていった。


 それぞれが必要とするジャンルの魔本と、顔合わせをしておくのだろう。

 村に滞在する間、魔本とのマンツーマン……いや、マンツーブックで勉学に励むのだ。


 勉強旅行か……。

 俺は勉強とか好きじゃないから、ぞっとしないな……!


『村長も来ませんかな!』


『勇者どのー!』


「ぬうっ!! 魔本たちからラブコールが!!」


「ショートは魔本の上位存在みたいなものですからね。彼らからは大人気なんですよ」


 ブレインはどうやら、魔本たちから俺に会いたいみたいな話をよく聞かされるらしい。

 仕方ないので久々に、図書館の蔵書庫へと入っていった。

 ここは空間を捻じ曲げてあり、無数の魔本が収まっているのだ。


 広さだけなら王城の大広間よりもある。

 図書館の外見だけなら、ちょっと大きいログハウスなんだけどな。


『村長だ!』


『勇者様のおいでだ!』


『うおおー! 新たな魔法の知識を我らにお授けくださーい!!』


 わーっと沸き返る魔本たち。

 魔法とは関係ない専門分野の本は静かだが、彼らからもなんかキラキラした視線を感じる……。


「魔本に慕われているとは……。勇者様は次元が違う存在なのですね……」


 バロソンが感嘆の息を漏らしつつ、高速で揉み手した。

 なにそのスキル!


「父から媚を売る技術を叩き込まれていまして。あっ肩にホコリが……! 靴をお磨きいたしましょう!」


 個性的だな君!!

 バロソンに靴をキュッキュッと磨かれていたら、そういう光景をずーっとニコニコ眺めていたヤシモが、ハッとした。


 誰かの声がしたらしい。


「あらなに? 今日は随分と賑やかなのね。お客さん? ショートったら村の入り口からお客を連れてこないことが多いから、誰が入ってきたんだかさっぱり分からないわよね」


 ヒロイナだ。


「ヒロイナ様……!!」


 おおっ、ヤシモの目がうるうるしている。

 もしかしてこいつ……!


「ヒロイナ様! お会いできて光栄です!」


「あら、ヤシモじゃない! 元気だった!?」


「はっ、ヒ、ヒロイナ様、その腕に抱かれたお子は……」


「んふふ、あたしの子ども。ダリアよ。可愛いでしょ」


 顔見知りだったかー。

 だが、外に出てきた俺の目の前で、ヤシモが真っ白な顔になって今にも気絶しそうである。


「うわーっ、大丈夫かヤシモ」


「も、申し訳ございません……。突然の情報量に貧血を起こしました」


「つまりどういうことだってばよ」


 ヤシモに肩を貸し、図書館の椅子に腰掛けて話を聞くことにした。

 対面では、ブルスト謹製ベビーカーに乗せられたダリアが、すうすうと寝ている。

 これを愛しげに眺めるヒロイナ。


「憧れの女性だったのです。そして再会したら母親になっておられた」


「あー! 芸能人が大切なご報告がございます……ってやつか! 実は結婚してて子どももいました、みたいな。そりゃあ、熱心なファンならショックだよなあ」


「例えられているお話が分かりませんが、ショックです……。ですが憧れのヒロイナ様があんな幸せそうな顔をされているので、僕はもう感情がぐちゃぐちゃです。でも彼女が幸せならそれでいいです」


 ヤシモが一言では言い表せない顔をしながら両手でサムズアップした。


「好きなアイドルが幸せそうに微笑んでるの、こっちも嬉しくなるもんな」


「はい……。貧乏貴族の子である僕には高嶺の花だというのは分かっていたんですが……」


 ヒロイナ、あいつってば見た目は超絶美少女だからなあ。


「しかしヤシモ、大丈夫か? こんな傷心状態になるような村で留学していけるか? お前が真面目そうだったから選んだんだが」


「や、やれます! 我がビッグビーン家にとってもチャンスなんです! やらせていただきます! やらせてください!」


「必死だ!」


「見た目はなよなよしてるのに、チャンスには貪欲なのね。嫌いじゃないわよ。頑張んなさい」


「あ、ありがたいお言葉~!」


 ヤシモの顔が紅潮した。

 白くなったり赤くなったり忙しいやつだな。 

 だが、見た目通りのモヤシみたいな男ではなく、熱い血潮が通っていることだけはよく分かったぞ。


 そしてヤシモは、自ら学ぶ場所を選ぶのだった。


「えっ、クロロックのところ!?」


「はい!! 発酵食品の技術を学び、ビッグビーン家をもり立てます!!」


 個性的な留学生が揃ったものである。


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