第322話 嗜好品とは何か

「嗜好品って何だね」


 すごく興味を惹かれたので聞いてみた。

 もちろん、お土産として持ち帰る気満々である。


「はい。こちらへ」


 公爵に案内されて、到着したのは庭園である。

 低木がたくさん生えていて、なんとも良い香りが漂っている。


「いい匂いだなあ」


「でしょう。この木々の葉が、こういう優しい香りを放つのです。嗜好品というのはこの葉でして。フレイバの葉と言えば、南国では有名ですね」


「そうだったのか……。どうやって嗜好品として使うんだ?」


「はい。こちらに、フレイバの葉を乾燥させたものがあるのですが、これをザクザクと切ってからフレイバの木の皮で巻きます。そこに火を付けて、煙を吸う……」


 危ないお薬みたいな効果はないだろうな!?


「安全な嗜好品です。リラックス効果しかありません」


「そうか……! 危ないお薬だったら持って帰るわけにはいかなかった」


 つまり、タバコみたいにして吸うハーブである。

 この場合、正しい意味でのハーブ、香草という意味だな。


「だが、うちの村には喫煙するのがいなくてな」


「なんと珍しい!! もしや、娯楽に満ち溢れているのではありませんか」


「タバコを吸わなくても楽しいことが溢れてるな」


 なるほど。

 勇者村で、タバコや酒に浸ってしまうような者がいない理由が分かった。

 それ以外の楽しみや、ストレス解消方法がたっぷりあるからなのだ。


「では、フレイバの葉を煙として喫する以外の方法で用いればいいでしょう」


「ほうほう」


「こうやって乾かしたものは、香りを内に閉じ込めます。これを薪とともに燃やすことで、よい香りを漂わせることができる」


「おおー! それは面白いな!」


「はい。後は、生のままで湯船に浮かべると、ほんのり湯に緑の色が乗り、さらに香りが膨らみます」


「入浴剤にもなるのか! これは便利だなあ……」


 俺が物欲しそうな顔をしていたら、公爵が微笑んだ。


「この辺りの株をまとめて進呈しましょう。これからフシナル公国の新たなる産業となる香木です。勇者村で存分に楽しんで、効能を周囲に喧伝してくださるとありがたく……」


「しっかりしてるなあ」


「私は辺境で、ほそぼそとフレイバを育てておりましたからね。お陰で魔王大戦やフシナル公国が狂気に陥ったあの時にも、難を逃れて生き延びてきました。言うなれば、私にとって、フレイバとは人生そのものなのですよ」


 語るなあ!

 だが、このフレイバの葉、それだけの価値はあると見た。


 俺は公爵に礼を言い、フレイバの株を十ほど分けてもらった。

 これを勇者村に根付かせるためには、クロロックやブレインの知恵が必要になることだろう。


 ……ということで、早速おらが村の賢者を集めた。

 クロロック、ブレイン、そして魔本目録カタローグ登場である。


「フレイバですか。これは香りが強くて美味しくないんです」


 クロロックは不満げにクロクローと喉を鳴らした。

 カエルの人にも苦手なものがあったか!


「ああ、存じていますよ。フレイバはですね、嗅覚や味覚の鋭い亜人の方々には好かれてないんですよ。人や巨人種のためのものでしょうね。直接喫すると強い匂いを発しますが……」


『湯に浮かべて香りを出すくらいだったら、ほのかによい匂いが体に付く程度ですな。たくさんの湯を用意するというのを、亜人はあまりやりませんからな』


 つまり、湯船に浮かべるやり方が、勇者村では一番いいということだろう。


「ワタシの専門外ですね。お力になれずすみません」


「いやいやクロロック! いつも世話になってるんだ。今回はクロロックはゆっくりしていてくれ」


 ということで、ブレインとカタローグを連れて、我が家の風呂にやってきた。

 勇者村で一番大きい風呂で、村の連中も入りに来る。


 各家庭に設置するには、風呂というのは難しいからな。

 スペースも必要だし、火と水を使うから屋内に設置もできないし、管理も難しい。


 そういうわけで、我が家の風呂で試すことになるのだ。

 ブレインとカタローグの力を借りて、ばりばりと準備をする。

 そして村人から、最初の入浴者を募った。


「はいっ!!」


 ミーが手を上げた!


「やっぱりねー。お腹に新しい命を抱えているあたしとしてはねー。自分にご褒美をあげて次の赤ちゃんへ備えたいと思うんだよね」


「あ、じゃあ私も入る!」


 カトリナも!!

 二人ともお腹に赤ちゃんがいる組である。

 なるほど、これは、以降の作業をブレインとカタローグに任せてはおけんだろう。


「作業工程を聞いて俺が……」


「いやいや俺が」


 フックもしゃしゃり出てきた。

 ぬうっ!

 火花を散らす俺とフック。


 だが、そんな俺たちをパメラがひょいっと左右に分けた。


「はいはい。あたしがやっとくから。じゃあブレインさん、カタローグさん。やり方を教えてくれるかい? こういうのは力のあるあたしが向いてるだろ?」


「ええ。やはり同性がいいですよね」


 ということになり。

 俺とフックがじっと待っていると、風呂の方からカトリナとミーの歓声が聞こえてきた。


「いい匂いー!」


「なんだかテンション上がっちゃう!」


「なんだと」


「気になる」


 嫁たちの言葉にざわつく夫二人。

 だが!

 妻の様子を見に行くだけならいいが、そこには漏れなく隣りにいる男の妻がいるわけである!


 道義上問題が出る。

 うんうん唸る俺たち。


 だが、そんな問題を気にしない二人がいたのだ。


「おかたーん! まおもはいるー!」


「ぼくもー!」


 マドカとビンである。

 ぽいぽいっと服を脱ぎ捨てて、すっぽんぽんになった二人がお風呂に走っていく。

 すぐに、きゃあきゃあ楽しむ声が聞こえてきた。


「そのうち、お互い家族で入ろうな」


「うん……」


 俺とフックはそう誓うのであった。

 なお、風呂上がりのカトリナとマドカはとてもいい匂いであった。


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