第320話 世界を広げることは良いことばかりではない?
「マドカのおとーさん!」
農作業をしていたら舌っ足らずな感じで呼ばれたのである。
振り返ると、サーラが立っている。
「おや、どうしたんだサーラ。一人で……一人じゃないな」
「私がいますニャア」
なぜかサーラと手をつないでニャンスキーがいる。
サーラはニャンスキーがお気に入りで、しょっちゅう会いに行っているらしい。
猫好きだな。
「あのね、うんとね」
サーラが言葉を捻り出そうとしている。
彼女はとても賢くて、お喋りもたくさんするタイプである。
俺は作業の手を止めて、じっと待つことにした。
「焦らなくていいぞ」
「うん、あのね。サーラもね。マドカとおんなじ、いってみたいなって」
「ああ、地球のショッピングモール!!」
「そお!」
サーラの表情がパッと輝いた。
なるほど、マドカから自慢話をされて、羨ましくなってしまったんだな。
気持ちは分かる。
だがサーラはアキムとスーリヤの子どもである。
連れて行くのはいいが、許可は取らんとな。
「じゃあ、サーラのパパとママに話をしないとな」
「んー」
サーラが難しい顔をした。
「どうしたんだ」
「ママ、うんってゆわない」
「そうかー。確かにスーリヤは確たる教育信念を持っているからな」
アキムは一瞬で懐柔できるが、確かにスーリヤの方は難航しそうだ。
俺の午後は、スーリヤとお話をすることになったのだった。
「ところでお前は一体何をしに来たのだ」
「特にこれといった理由はありませんニャア」
かくして、昼過ぎ。
「サーラが異世界のショッピングモールに行きたがっているのだが」
「構いませんよ」
「おっ! サラッと許可が出た」
「それはそうです。知的好奇心を抱いてしまったら、それを殺して生きるなんて生殺しです。だけど、砂漠の王国ではそうして、知らずに生きることが正しいことでした。だって、外の世界は危険ですから。こちらではショートさんがいるでしょう? 全然違います」
「なるほどなあ。つまり俺が付き添いすることは前提?」
「はい。サーラは大切な私たちの娘ですから。よろしくお願いします。ですけれど、一つだけ。私はあまり、認識できる世界を広げていくことが幸せに繋がるとは思っていません」
「あー。スーリヤは宇宙船村にも行く必要はないって言ってたもんな」
「はい。今、私たちは満たされています。そして私は、満ち足りた生活を維持しているのが誰なのかを知っています。維持する人を支え、助け、そして終わりの時まで満ち足りて生きていくこと。それができれば幸せなのではないでしょうか」
一つの真理である。
これは難しいなあ。
というか、スーリヤは頭がいいな!
うちの村の二大賢者に次ぐ頭の良さだろこれは。
「未知は必ずしも、幸せを連れてくるとは限らないもんな。確かに確かに」
「はい。サーラはまだ小さな子どもです。それに、魔王がいない平和な時代に生まれた子ども。私よりももっと広い世界を知って然るべきです。ですけれど、知って初めて、自分たちがいる世界の大切さも理解できると思っています。世界の認識は、この世界よりもほんの少し先まで。想像力を少し広げるくらいでいいのです」
こういう話を受けつつ、サーラの遠出の許可は降りたのだった。
「それはそうと、私も行きます。外の世界のお買い物は楽しかったので」
スーリヤがついてきたぞ!
この辺り、しっかりしてるんだよな。
そしてなぜか、ニャンスキーまでいる。
「サーラさんに気に入られてしまいましたからニャア。即ち紳士としてはお嬢さんを守る心持ちですニャア」
「その本心は」
「好奇心が猫を殺す展開ですニャア」
殺されちゃいかんだろ。
こうして再び地球へ。
サーラの案内役として、うちからはマドカも連れてきている。
ショッピングモールまでの車を運転するのは父だ。
これがマドカとのデートでもあるわけだな。
父のテンションがとても高い。
「マドカちゃん、サーラちゃん、欲しいものはあるかい? じいじがなんでも買ってあげるよ!」
「凄いニッコニコだ」
「孫というものは可愛いそうですから」
「私を飼っていた人も大体あんな顔して接してきましたニャア」
「猫は孫みたいなものだったのか」
今明かされる衝撃の事実?
そんな話をしているうちに、車はショッピングモールに到着したのだった。
アトモスモールは、県で最大級の商業施設。
ショッピングセンターに、アスレチックジム、小さな遊園地と映画館が併設されており、アホほど広い。
「よくよく見ると、ハジメーノ王国の王都に匹敵する敷地だよなこの駐車場」
「幾らなんでも広すぎませんか?」
さすがのスーリヤもドン引きしている。
「これ、人工的な施設なのですか? 神が作り上げた場所ではなく? うっ、世界は広い……」
「ママー!?」
世界の広さにクラクラしたスーリヤである。
心配するサーラ。
「大丈夫だ。君のママはな、世界の広さを知っただけだ」
「せかいのひろさ?」
「さーら!」
そんなサーラの手を、マドカがむぎゅっと握る。
「まどか!」
「あそぼ!! じーじ、いこ!!」
「よーし、行くぞー!」
「ママが……」
「私は大丈夫よサーラ。楽しんでらっしゃい」
「行ってらっしゃいですニャア」
おっ、ねこも俺たちと残るのか。
「ねこですからニャア。必要なところで気遣いをしておくことで、より愛されるようになりますニャア」
「計算づくだったかあ」
ということで、ゆっくりと後から行く俺たちなのだった。
マドカとサーラは、うちの父に引率されておもちゃ売り場を眺め、イベントコーナーで着ぐるみと遊んだり記念写真を撮ったりし、ゲームコーナーに突撃した。
アトモスモールのゲームコーナーはとにかく広い。
これだけで下手なゲームセンターより敷地があるだろ。
子ども遊具コーナーでは、マドカやサーラくらいのちびっこたちもわんさかいた。
二人の登場に、最初子どもたちは、外国人の子どもだ! みたいな反応を見せた。
だが、一緒に遊べばそんなものは些細な違いである。
すぐに仲良くなり、中に入れる巨大風船では、一緒になってキャーッと叫んで飛び跳ねている。
「せ、世界が広い」
スーリヤ、まだクラクラしてるのか。
「あまりにたくさんのものが目に飛び込んできたので、私はびっくりし通しなんです」
「なるほど確かに」
ニャンスキーは猫だと怪しまれぬように、姿を消して俺の隣に座っている。
ここはゲームコーナーが見えるベンチ。
さて、スーリヤの気分をいくらか良くしてやりたいなと思っていたら、父がソフトクリームを買ってきてくれたのであった。
「これは?」
「甘いものを食べると、気持ちが落ち着くからね」
「ありがとうございます」
受け取ったスーリヤは、これを一口食べて目を丸くした。
「どうだ、落ち着いた?」
「はい」
スーリヤが微笑む。
「広い世界の味がしますよ」
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