第319話 讃えよう、汝の名は地ビール

 扉をくぐると……そこはビールたちが生まれ出るための、生命の海であった。


 なんか麦が脱穀されたり焙煎されたりとかする姿が見れるかなーと期待したのだが、そこまでは流石に見れなかった。

 金属の太い筒がいくつも並んでおり、こいつがもりもり動いている。


「あれは中で何が行われているんで?」


「麦の実を粉砕してるんですよ」


「ほー」


「すげえー」


「なんという規模でしょう」


 俺とブルストとクロロックで並んで、この設備をじーっと見ている。

 見ている傍で、筒からザラザラと粉砕された麦が出てきた。


 なお、この工程は密閉された空間で行われているので、俺たちが触れることはできないのだ。

 順路を進んでいく。


「こちらでは仕込みを。さらにこちらでは発酵を行っています」


「発酵!! みたいです!」


 クロロックが興奮する。

 だが、案内人は「できません」と一言。

 そりゃそうだ。ビールを作るために、完璧に計算された環境で発酵が行われてるんだからな。


 クロロックはしょんぼりした。


「ですが、後で工程を一通り映像で見ることができますよ」


「本当ですか。それは嬉しい」


 もう、映像というのが何なのかを完璧に理解しているクロロックである。

 たまにうちの実家にやって来て、テレビ見てるらしいからな。


 そして次の部屋。

 ガラスの向こうで、ビールらしき液体がプールに溜まっているではないか。


「うおお、あれ全部ビールなのか! ビールなのか!!」


 興奮するブルスト。


「おいおい……あんなの、勇者村の全員でだって飲み干すのに一週間は掛かるぜ……」


「商業用だからな。あれが少量ずつボトルに入れられて市場に出回るわけだ」


「なるほどなあ、大したもんだぜ。これが常に追加で作られ続けてるんだろ? 規模ってものが違うわなあ」


 うんうん頷くブルスト。

 クロロックはいちいち感銘を受けて、上機嫌に喉をクロクロ言わせ続けている。


 二人ともめちゃくちゃ楽しんでくれてるな。

 企画した俺としても嬉しいぜ。


「父よ。あとで礼として、マドカとデートさせてやる」


「本当か!! 甘やかしていいのか!!」


「存分に甘やかしてくれ」


 父への礼はこれでいいだろう。

 マドカが物欲に浸りきらない程度にさせておかねばな。


 その後、濾過と瓶詰めの工程を見た俺たち。

 お土産用に後で買おうという話になりつつ、できたてビールを飲んだ。


「うめえ!!」


「これは美味しいですね。ビールはアルコールが少ないのでワタシも乾かないで済みます」


 ブルストとクロロック絶賛である。

 俺も飲んでみたら、さすがは地球産の酒。

 うまい。


 工程を見た後だと、なんだか何倍も美味くなった気がするな。


 その後、工程に関する映像を見た。

 最初に見るものらしいんだが、案内人が俺たちの姿に動揺したのか、手順をすっ飛ばしてしまったらしい。


 容器の中でポコポコと泡を吹きながら発行していく麦汁。

 ホップが加えられる過程。

 そして瓶詰めと缶詰がされていく映像。


 俺たちは大満足である。

 試飲用のビールを片手に、大いに楽しんだのであった。


「いやあ恐ろしい。あれでこの世界で一番のビール工場じゃねえんだろ? どんだけの規模でビール作ってるんだよ……」


 帰りもバスを使い、ほろ酔いの俺たちは帰還するのだが、ブルストが興奮しているのである。


「ええ。ワタシたちが思うよりも遥かに大規模でビールを作っているのですね。王都にある最大級の酒造所ですら、今回の地ビール工場には太刀打ちできないでしょう。2つの世界が地続きでなかったことをこれほど幸福であり、不幸であると思ったことはありません」


「ほうほう、そりゃどうして?」


 俺がクロロックの言い回しに疑問を投げたら、ブルストが答えてくれた。


「そりゃあ、こんなとんでもないのがワールディアに来たら、あらゆる酒造が潰されるか吸収されちまうわな。だからあれが俺たちの世界に来ないってのは、まだまだ酒を作っていられるって安心の元になる。だが不幸なのは、俺たちの世界じゃあのビールが飲めねえってことだな」


「なるほどなあ……。俺は日本にいた頃はあんまり酒は飲まなかったが、ワールディアで飲むようになって、こっちに戻ってきたら酒の旨さにぶっ飛んだもんな」


「そうかい? 俺はショートの村の酒も素朴で好きだけどなあ」


「そりゃ親父がこっちの酒に慣れてるからだよ。勇者村で飲む時は、雰囲気とか高揚感込みだから美味く感じるんだ」


 俺の言葉に、ブルストもクロロックもうんうんと頷くのだった。

 だが、今回のビール工場見学。

 俺たち勇者村始まりの三人のフロティアスピリットを、再点火するには十分なイベントだった。


「ワタシもまた、お酒づくりに関わりたいものですね。発酵室はニャンスキーさんに仕事を教えていますので」


「あの猫、発酵管理やれるのか?」


「時期が来るまで寝て過ごせる場所でもありますからね。やる気満々で寝転がると言っていましたよ」


「なんとあいつらしい」


 こうしてわいわいと感想戦をしながら実家に到着。

 すると母率いる奥様とちびっこたちも、帰宅するところだった。


 バインとマドカが爆睡している。


「めちゃめちゃはしゃいだな、これは」


「そうそう! マドカが大喜びしちゃってね。バインの手を引いてあちこち走り回って」


 ゲームコーナーでは、現地のお子様たちと大いに盛り上がり、中にはいれる風船みたいな設備に入って、わあわあと騒いだりしたらしい。

 もぐら叩き的なゲームもめちゃくちゃに遊び、体力を使い果たすまで遊んだ結果。


 二人のちびっこは電池切れでぐっすりなのである。


「カトリナとパメラは楽しめた?」


「ええ、もちろん。二人が寝ちゃった後で、お義母さんにソフトクリームをごちそうになったんだよ」


「あれはとんでもない旨さだねえ……。冷たくって、甘くって、とろりととろけて……」


 パメラが夢を見るような目をしている。

 さらに二人は、母から洋服を買ってもらったようである。


「大きいサイズの服も売っててね。パメラさんはスタイルいいでしょ? 背は高いけど、大きいサイズならちゃんと入るんだよ。足の長さがちょっと長すぎるから、パンツタイプよりはスカートだねえ」


「なるほど、モデル体型……!」


「ショート、私はね、ワンピース買ってもらっちゃった。今度見せてあげるね!」


「楽しみにしてる!」


 どうやらショッピングも大いに楽しんだようである。

 マドカがむにゃむにゃ寝言を口にしているので聞いてみたら、「いっぱいたたいて、どんどこでてくるー」とか言っているのであった。


 夢の中でももぐら叩きと戦っているのだな。


 

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