第318話 ビール工場を見学に行こう
「翔人、準備ができたぞ」
父がそう知らせに来たのである。
時は来た。それだけだ。
俺はブルストとクロロックを集めた。
「ついに来たか」
「武者震いがしますね」
俺の義父にあたる男と、師匠に当たるカエルの人はやる気満々。
「じゃあ私はお義母さんとお買い物行くね。ねーマドカ」
「おかたんとあそぶー! ばあばも?」
「あたしとバインもお邪魔しちゃっていいのかい? 楽しみだねえー」
「あー!」
大人数で、イセカイマタニカケを使って地球へやって来るのである。
「いらっしゃい!! この日のために、大きい車をレンタルしてあるのよ!!」
母、気合い充分である。
ワンボックスカーが家の車庫におり、こいつにカトリナとマドカとパメラとバインを乗せて、うちの県最大のショッピングモールであるアトモスモールへ行くそうだ。
そして男たちは何をするかと言うと……。
「ビール工場の見学ですか……。この時をどれほど楽しみにしていたことか……」
クロロックが感慨深げに呟く。
「試飲も楽しみだな! うちのビールとよ、こっちのビールでどれだけ違うか確かめたいよな」
「今度の地ビール工場さんは、専用の麦を使っててね」
「ほうほう!」
「ほうほう!」
父が説明を始めたら、クロロックもブルストも食いつくこと食いつくこと。
この光景を、母とカトリナとパメラが生暖かい目線で見ている。
「さあ、おじさんたちはビール工場で忙しいから、私たちはアトモスモールでショッピングして、美味しいご飯食べて、遊んでこようかしらね!」
「おいしいごはん!」
「おー!」
母が宣言したら、マドカとバインが敏感に反応した。
二人とも食い気十分である。
「買い物だって! 楽しみー」
「たまにはこうして羽を伸ばしたいからねえ! 勇者村もいいけど、物がたくさんあるのも憧れるねー」
奥様方もキャッキャしているではないか。
勇者村は俺の方針で、理想的な田舎生活を作り上げるために存在しているからな……。
ということで、母が運転するワンボックスカーに、カトリナとマドカ、パメラとバインが収まった。
「おとたーん!! またねー!!」
窓にへばりついて、ぶんぶん手を振るマドカ。
「楽しんでらっしゃーい」
俺も手を振り返すのだ。
カトリナはニッコニコで、マドカの後ろから小さく手を振っている。
ということで、お買い物チームは旅立っていった。
次は俺たちである。
「うちの車で行くけど、ブルストさんは角がつっかえそうだなあ」
父が心配している。
「重さ的にも、俺とクロロックを足してもブルストより軽いからな。ふーむ」
ここで思案する俺たち。
「済まんな。オーガだってのは向こうだといい事も多いんだが、こっちじゃサイズが色々合わないもんなあ」
「気にするなブルスト! よし、父よ。バスで行こう」
「そうだな! ブルストさん気にしないでくれ。外人さんもな、日本人のサイズで作られたところだと狭くて困ると言う人がいるんだ。よくあることだからさ!」
交通手段変更である。
俺たちはバス停まで歩いていき、そこからビール工場近くに停車するバスを利用することにした。
帰りはワンボックスカータイプのタクシーを呼べばいい。
「よく考えたら、自家用車だったら俺が飲めなかったな」
「ようやく気づいたか父よ」
全員で試飲しようではないかという話になり、盛り上がりながらバスは進んでいく。
ブルストとクロロックが並んでいるのは大変目立ち、バスに乗ってきたお年寄りなんかがギョッとするのだが、こちらは気にしない。
規定の運賃は払っているのだ。
バスの後部席を占領した俺たちが、わいわいとお喋りをしているうちにビール工場が見えてきた。
あまり大きくないんだな。
「地ビールだからなあ。大メーカーの工場はほら、県外だろ」
「それもそうか」
今日行く工場……というかビール工房なのか?
そこは黒ビールを作っているそうだ。
バスから降りて、工場に入っていく。
出迎えてくれたおじさんは、ブルストとクロロックを見て一瞬動きが止まった。
「着ぐるみですか……?」
「オーガっぽい人とカエルっぽい人だ」
「は、はあ、そうですか。世の中は色々な方がいますからねえ。ですけど、うちのビールに興味を持ってくれてありがとうございます。うちの地ビールはね、本当に美味しいですからね」
異種族への驚きを一瞬で塗りつぶす、おらがビールへの愛よ。
このおじさんの姿に、ブルストもクロロックも好感を覚えたようだ。
まずは、この工場が用意したビールが出来上がるまで、と言う手作り感溢れる映像を見る。
あー、ビールじゃないけどこういうの、子どもの頃の社会科見学で行ったなあ。
懐かしい……。
ブルストとクロロックは、食い入るように映像を見つめている。
映像の不思議さ以上に、その内容に興味津々なのだ。
「いやー、凄いもんだな、ショートの世界のビールというのは」
「ええ。魔法のような設備を使っているのですね」
「機械そのものは大規模メーカーのものよりも古いし、こじんまりしてるんだけどね。だけど、ここの地ビールはそんなの関係ないくらい美味しいんだ」
父が自慢げに話し、工場のおじさんも笑顔でうんうん頷いている。
「それじゃあ、工場に案内しますね。いやあ、こんなに熱心に見学してくれる人は久しぶりだなあ。嬉しいなあ」
「おう、俺たちもビールをな」
「ブルスト、こっちの世界は自由に酒を作ったらいかんので、その話は内密に……」
「お、おう、そうなのか!」
ということで、ブルストもクロロックもお口をチャックである。
勇者村ビール工場視察団は、今まさにビールの醸造などが行われる工場内部に踏み込むことになるのだ。
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