第314話 フォレストマン、乾季の村へ

 フォレストマンの子どもたちが、可愛い傘を頭に被って、どたばたと走ってくる。

 これを迎えるのが、マドカを先頭にしたサーラとビンの、勇者村ちびっこチーム。


「あそぼ!!」


「あそぼ!」


 マドカとフォレストマンの子どもが、意見を一致させたようだ。

 みんなで手をつないで、キャーッと広場の方に走っていく。


 綿花ボールによる、終了条件なしのちびっこバレーボールをやるのであろう。

 なんだかんだで暑いので、十五分ごとくらいにカトリナたちが子どもたちを呼び集め、冷たいお茶を甘く味付けしたのを出したりしているのだ。


 よきかなよきかな。


「ショート。感謝する」


「おお、なんのなんの」


 マレマは粘液ポーチを装備し、ひんやり粘液で体を冷やしながら、乾季の村を歩き回っていたようだ。

 その他、若いフォレストマンたちが数名、村のあちこちを観光して回っている。


 そのうち、うちに住み着いたり、仕事を手伝ったりするのが出てくるかも知れない。


「明るい。暗い森の中、慣れた俺たち、眩しい。知らない色がある。目がチカチカする」


 普段は落ち着いている彼が、珍しく饒舌だ。

 まくし立てた後、広角をにゅっと吊り上げた。


「楽しい」


「そいつは良かった!」


 新たな世界を知ることになったフォレストマン。

 熱帯雨林の中も広大だが、危険と隣り合わせだ。

 基本的に集落から遠く離れることはない。


 だが、一歩そこから出てしまえば、最大の危険であった魔王が倒された、比較的平和な世界なのだ。

 たった一人で歩き回れる村。

 子どもたちだけで遊ばせておける場所。


 これは、マレマにとって大きな驚きだったらしい。

 そして、青い空!

 緑の葉!


 先ごろ咲き出したサボテンガーの花は桃色で、でかい桜を思わせた。

 こんな色をしてるんだな。

 何年かに一度しか咲かないらしい。


「もっと色々な事をしたい。教えてくれ」


「よし、じゃあフォレストマン的に負担が少ないところに行こう」


「どこだ?」


「水田と言ってな」


 案内すると、そこは水面に生えた一面の緑である。

 この色鮮やかな光景に、マレマがムフーッと鼻息をついた。

 これは多分、フォレストマンの感動なんだろう。


「俺ら人にとって、自然の景色はきれいかと言うと、必ずしもそうじゃないからな。こういう人の手が入って管理された自然を美しいと思うようにできてる気がする。フォレストマンもそうじゃないか?」


「ああ。安心できる。だから落ち着いて見ていられて、ショートが美しいということ、分かる気がする」


 美を楽しむ気持ちは、余裕の中から生まれる。

 あるいは狂気の中からかも知れない。


 できれば前者でありたいよな。色々平穏だし。


 そんなわけで、マレマには稲作体験をしてもらうことになった。

 とは言っても、雑草を抜いたり、トリマルが連れてきたホロロッホー鳥軍団を案内したりするわけだが。


「この小さい鳥はなんだ? どうして怖がらずに近寄ってくる? 食われると思わないのか?」


「そりゃあ、増えすぎた分は食うが、こいつらは家畜というやつだ。彼らは卵や肉を俺たちにくれる。その替わり、人が外敵から守って全滅しないように、常に一定の数を保てるように繁殖させてくれる。そういう関係だな」


「ああ! 俺たちのヒカリ虫みたいなものだ」


 この間もらった光る虫か。

 どうやらあれが、フォレストマンたちの家畜らしい。


 光源となり、食料にもなり、その代わりフォレストマンたちはあの虫を守って繁殖させている。


「どこも一緒なんだな!」


 人である以上、種族が違っても似た部分が出てくるものである。

 マレマから、いかにして虫を太らせ、卵を沢山産ませるかという話を聞きながら、のんびり雑草を抜いていく。


 ホロロッホー鳥たちも、パクパクと雑草を食べる。

 勇者村の大地は肥沃なので、雑草ももりもりと生えるのだが、こうやってせっせと取り除いているから、稲の成長を阻害することはない。

 日々コツコツとした頑張りが大事なのである。


『ホロホロ』


「どうしたトリマル。ああ、マレマがこっちに来てるのが珍しいのか」


『ホロー!』


「そう言えば、トリマルとはマレマも会ってるはずだもんな。どうして他のホロロッホー鳥を疑問に感じたんだ?」


「気配が違う。トリマルは強い。強大な獣の気配がする。他の鳥は違う。鳥の気配しかしない」


「なるほど」


『ホロロー』


 俺とトリマルで大変納得する。

 田んぼの管理業務はその後しばらく続き、マレマが害虫を捕まえて、そのままパクっと食べたところで俺はオッと思った。


「生食するタイプか」


「毒のない虫は。火は貴重だ」


「森の中だもんな」


 それにマレマはヤモリ人である。

 クロロックに近い種族なのだ。

 生で食ってもおかしくない。


 マレマは歯があって、咀嚼するんだけどな。

 稲作体験が終わったら、日陰に入ってまったりする。


 ちょうどちびっこたちが遊び疲れて、目をこすりながら我が家に入っていくところだった。

 お昼寝タイムであろう。


「平和だ。平和でいいところだ」


「ああ。俺たちが勝ち取った世界だ。平和は子どもがのんびりできるからいいよな。俺たち大人もまったりできる」


「うむ」


 俺たちの横に、カトリナがやって来た。

 冷たいお茶を出して、彼女も席に掛けてまったりし始める。


「なので、この平和を維持していかないといかん。平和を維持するのは、作るよりも難しいからなあ」


「そうなのか?」


「そういうもんだ。平和だってのが当たり前になっちまったら、平和をぶっ壊そうとする馬鹿が出てくるんだ。どうやっても平和は壊れないって、舐めてるんだな。だが、平和は簡単にぶっ壊れる。だから意識して維持しないといかん」


「そうか、大変だな」


 マレマが茶をぐびりと飲んで、気に入ったらしくぺろりと口の周りを舐めた。


「美味い。これも平和の味か」


「その通り。美味いお茶をいつでも飲める生活。頑張って維持してみる気になるってもんだろう」


 マレマはまた笑った。


「ああ、よく分かった」

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