第284話 名前は付けてもらわなくていいです
「ショートは名前つけるんじゃないわよ!」
がるるるる、という感じでヒロイナに威嚇された。
さすがは世界最高レベルの神官。
出産後の体調を回復魔法で超高速で癒やし、当日にはトコトコ歩き回っている。
「名付けをしたら神格を与えてしまうからな……。不便な世の中になったもんだ。いや、待てヒロイナ。今、世界では神様が不足しているんだ。俺が積極的にこれはと見込んだのに名前をつけて神を増やすのも手かと……」
「人の娘に産まれたばかりで苛烈な運命を与えないでよね!?」
言われてみるとそうか。
夕食の席で、ヒロイナがちっちゃな赤ちゃんを抱っこしており、勇者村が誇る赤ちゃん軍団はこれを見て、目を丸くしている。
「おとたん、おとたん」
「なんだいマドカ」
「なんこれー」
「赤ちゃんだぞ」
「あかちゃ! ちっちゃねー」
「そうか、マドカが見たことある赤ちゃんってバインだもんな。バインはでっかいからなあ」
「でっかー!」
「でっかいねえ」
カトリナも笑顔で同意する。
前は変な言葉を教えると、ちょっとどうだろう、みたいな物言いをつけてきていたのだが、最近はそんな気にしなくていいかという気持ちになったらしい。
話題の対象になったバインは、自分の名前に反応した。
「おー!」
ブルストの膝の上にまたがっているのだが、手をぶんぶん振ってアピールしてくる。
「ばいーん!」
マドカがぶんぶん手を振った。
可愛い弟分だもんな。
ちなみにヒロイナベビーはちっちゃい。
未熟児だからかなり小さい。
本来ならば、産まれるのは一ヶ月後くらいである。
だが、瞬間移動したり神々の潮騒を聞いて、テンションがぶち上がったらしい。
ぐわーっと産まれてきた。
今は目をぎゅーっと閉じて、ヒロイナに抱っこされてスーンとしている。
大人しい赤ちゃんだな。
「さっきおっぱい飲んだからねえ。産まれたばかりだし、まだ何も分かってないのよね。まっさらなのよ。あたしもこれから忙しくなるわねえー」
ヒロイナのテンションが高い。
とても今日産んだ人とは思えぬ。
スタミナすら回復させる魔法を使うからな。
彼女の体調は、まさに万全。
お腹の中に赤ちゃんがいないため、体を超ブーストする魔法すら楽に使えるのだ。
「何せ、あたしだけの体ならすべての魔法を試したからね。また常に体調が絶好調でいけるわ」
「つええよなあこいつ」
パワースがしみじみと言う。
まさしく、今のヒロイナは最強であろう。
「うちはこいつと違って絶対苦労しそうだぜ。ま、それが普通なんだろうけどよ」
「なんだと!? お、お前、海乃莉とそんなことを……」
俺がガクガク震えた。
「まあまあショート。夫婦ならすることするわけだし」
「だよなあ。俺がクロロックと村から帰ってきたら、ショートなんかカトリナとくっついた後だったじゃねえか」
「それを言われるとぐうの音も出ません」
カトリナとブルストに指摘されて、俺は大人しくなった。
「くっつくー?」
「マドカはまだ気にしなくていいからな……」
いかんいかん、大変教育に悪い!
だが、いつかは教育せねばならんよな!
その時は……。
「その時はカトリナ、頼む……」
「私もショートしか知らないし全然詳しくないんだけど……! こういうのは二人で教えるものでしょ」
「ええ……俺もやらないとダメ? ダメなんだろうなあ……」
俺たちの様子を見て、ヒロイナとフォスの顔が明るくなる。
なんだなんだ。
「良かった……。親ってそんな感じでもいいわけね。気が楽になったわ」
「子どもの成長と一緒に学んでいくんですね。参考になります」
「や、やめろ、そんな目で見るなー!」
その後、夕食の場は親とはなんぞやという話で盛り上がった。
この辺り、アキムとスーリヤ、そしてブルストが大変詳しかったのだった。
夕食を片付けている間、クロロックがしみじみとしているのに気づいた。
「どうした、しんみりして」
「ええ。ワタクシたち両棲人はですね。子どもは産み落とした後、雄が精子を掛けて、そのまま水の中に置いておくのです。その後生まれた子どもたちは地力で食事を取り、どうにか水から上れた者だけが両棲人のコミュニティへ加わります」
「ハードなんだな……!」
「なので、誰が親なのか全くわからないのですよ。皆さんの家族文化というものがよく分かって興味深い時間でしたよ。はっはっは」
「笑い事にしてしまう辺り、ハートが強いなあ」
クロロックがずっとシングルなので、相手を見つけなくちゃとかカトリナが息巻いていたのだが、そもそもパートナーに対する文化が違うんだな。
卵を受精させたら、そのままパートナー関係も解消してしまうらしい。
うーむ!
「現実のカエルよりもドライなのでは?」
「我々には理性がありますからね。ちなみに我々両棲人は、オタマジャクシからカエル態になった段階で、本能に刻まれた知性というものを獲得します。オタマジャクシの間は獣と変わらないのですよ。ところでお話はしていませんでしたがワタクシは普通に子どもを残したことがありますのでお構いなく」
「経験者だった!!」
そしてカトリナのクロロックへの気遣いも気付かれていた。
我々は彼の水かきがある手の上で転がされていたのだ。
そうこうしていたら、向こうで赤ちゃんの泣く声がした。
お腹が空いたのであろう。
ヒロイナが嬉しそうにおっぱいをあげている。
フォスもニッコニコである。
幸せそうであるな。
そこへ、マドカとサーラとビンが集まってきて、じーっと見ている。
小さい人々は、もっと小さい人が現れたことに興味津々なのだな。
新たな仲間を迎えた勇者村は、より賑やかになっていくのだ。
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