第281話 かくして歌は広まれり1

 天使の話だ。

 天使というのは、神々が自分の権能を代行させるために産み出したロボットである。


 もちろん神が作ったんだから、自分の意志というものはある。

 だが、それは人が持つような欲望のほとんどを欠いた自我だ。

 つまり……


『仕事をしましょう! 仕事をしましょう! 今日も仕事ができますよ、嬉しいなあ嬉しいなあ』


 俺の補助としてついてきた天使の一体が、大変元気である。

 見た目は、光り輝く子どもの姿。

 背中に翼があり、貫頭衣のようなものを身に着けている。


 声はハイトーンの子どものものなのだが。

 口にする言葉がワーカーホリックの会社員みたいな感じなのだ。


「そうか……。頑張ってくれ」


『はい!! ありがとうございます!! がんばります!! ショート様もがんばりましょう!!』


 暑苦しい!!

 天使、ユイーツ神を相手にしている時はもっと普通っぽかったのに、自由にさせるとこんななのか。


「うわー、天使様って個性的なんですねえ」


 リタもちょっと引いている。

 今回は、手前村に向かっているのだ。


 そしてリタを連れている理由は簡単。

 俺たちが到着した後、向かったのは教会。

 ここは孤児院になっていて……。


「うわー! リタ姉ちゃんだー!!」


「姉ちゃんおかえりー!!」


 子どもたちがわーっと出てきて迎えてくれた。

 そして俺を見てちょっと止まる。

 怖がられている……!


 そして天使を見て、子どもたちがドン引きした。


「うわあ」


「光ってる……」


「なんだあれ」


『私は!! 天使ですよ!!』


「しゃべったー!!」


 子どもたちが逃げた。

 慌てて、教会を任されている司祭と侍祭が走ってくる。


「て、天使様ですか!? これはこれは……」


「何の御用でしょうか」


『寿ぎの歌を! 教えに来ました! やりましょう!!』


「こいつに任せてると話にならんし、子どもが怖がるだろ。ってことで俺が翻訳して、教えるのはリタ。子どもたちで合唱して、この村で広めて、その足で王都行って広めようと思ってな。じゃあ、開始する」


 俺は手をパンと叩いた。

 時間は有限。


 寿ぎの歌は賛美歌だ。

 教会が広めるのがいい。

 その方が、村人も大人しく聞く。


 世界には神々への信仰が広がっている。

 ここから歌を広めて、神々への信仰をナチュラルに届けられるようにするのだ。


 こいつをカチッとやっておけば、次に魔王が攻めてきた時、強力な防壁になるのだ。

 天使がハーモニーを奏でだす。

 こうなれば、こいつに言葉はいらない。


 リタと天使のハーモニーを、子どもたちに真似してもらう。

 雑でもいい。


 なんとなくメロディが伝わればいいのだ。

 子どもたちにそこまで正確なのは期待してないし、大事なのはハートだ。

 それが神々に届く。


 途中、カトリナが持たせてくれたおやつをみんなで食べて、また練習だ。

 おやつの焼き菓子が大変美味しかったらしく、子どもたちのテンションが上がった。


 昼過ぎくらいで練習は終了。

 また明日、である。


 翌日、また俺たちはやって来た。

 歌を練習する。


 教会から流れてくる、聞き覚えのない、しかし心躍るメロディ。

 手前村の人々も、気になって仕方なくなってきたようだ。


 教会の入口から、いくつかの顔が覗いていた。

 俺が懲らしめてやった村人たちのものも、幾つかある。


 俺と目が合うとバツの悪そうな顔をするが、その村人はおずおずと口を開いた。


「あのう……この歌、なんなんですか。なんかこう、凄くいい歌なんですけど……」


「ああ、こいつはな。神々に捧げる歌だ」


 俺の説明に、村人たちは目を見開いた。


「神々に……! そういや、祭りの時に神様へ奉納する歌、歌わなくなって久しいもんな」


「あたし、忘れちまってたよ……」


「そっか、歌があったんだよな……」


 みんながざわめいているな。

 マドレノースは、文化そのものを破壊した。

 歌もまたその一つだ。


 破壊されてしまったものを取り戻すのは容易じゃない。

 だが、作り出すことはできる。

 俺がやってるのはそっちだ。


「お前らも歌って行くか? みんなで歌おうぜ。何せこいつは神へ捧げる歌だし、それにお前ら人間を称える歌だ。ワールディアで、神も人も一緒になってやっていこうって歌だ」


 よく考えたらロックだな。

 ということで。

 その日から、村人たちも練習に加わった。


 というかこれは、村みんなで寿ぎの歌を練習する行為に他ならないではないか。


 翌日には、足腰が立たないばあさんまで連れられてきて、楽しそうに歌を歌って行った。

 俺と天使と、司祭見習いにまでなったリタが教える寿ぎの歌だ。

 村人たちは実に楽しそうに、歌の練習をしては帰っていく。


 さらに翌日。

 教会に行く前に、野良仕事をしている村人が、寿ぎの歌を口ずさんでいた。


 井戸端で、奥さんたちが歌っている。

 道を駆け抜けていく子どもたちが、調子外れなメロディ叫んでいる。


「これは、手前村に広めるミッションは成功したと見ていいな」


 俺は判断した。

 初日から練習を続けていた、教会の子どもたちの上達は目覚ましい。


 もう聖歌隊みたいなもんだ。

 いや、天使が直々に指導してるし、完全無欠に聖歌隊だろう。


 俺は彼らに向かって、宣言した。


「よしお前たち。これから俺たちは、王都で歌を披露するぞ! ハジメーノ王国全土に、寿ぎの歌を響かせてやるんだ!」


「はいっ!!」


 子どもたちの大変いいお返事が響き渡る。


「みんなやる気です! 私もがんばります!!」


 リタが頬を真っ赤にしてガッツポーズを作る。

 次なる舞台は王都なのだ。


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