第280話 歌の完成

 ユイーツ神の仕事が最後に残されたわけだが、ここはさすが豊穣神。

 野良仕事をする時の歌なんかがあるもんな。

 どうやらこれは、豊穣神時代のユイーツ神が作ったりしてたらしくて。


 彼による曲のアレンジは猛スピードで進んでいった。

 その間、鍛冶神が神界に来て、職務を手伝っていたようだ。


『ふう、完成です』


 海神から歌を受け取った翌日。

 ユイーツ神が一晩でやってくれました。


 ほんとに早いなおい!?

 こいつだけたった一柱で仕事を完遂してしまった。


 天使たちが彼に続いてわらわら出てきて、早朝の勇者村にずらりと並ぶ。

 なんだなんだ。


 ここが勇者村でなかったら、ハルマゲドンでも告げるんじゃないかというとんでもない光景だぞ。

 ちなみにこれを眺めながら、「まーたショートさんがユイーツ神様と何かやってら」とフックが顔を洗いに横切っていく。


 この光景を笑って流せる辺り、既に彼もただの村人ではないな。

 都会の聖職者がここを見たら、あまりの神聖さに尊死とうとしするレベルなのだ。


「ああ、そうか。合唱する気だな!」


『その通りです! さあみんな、歌いますよ。せーの』


 歌い初めの掛け声それなんだ。


 だが、天使たちが見事なハーモニーで歌い始める。

 メロディはそこまで複雑ではなくて、なかなか歌いやすそうだ。


 序盤の明るいメロディから、中盤で転調して、クライマックスに盛り上がる。

 なるほど……。

 日本のポップスみたいなコード進行だな!


『どうです』


 ユイーツ神が得意げに聞いてきた。

 ちなみに早起きしてきた村の仲間たちの反応は上々。


 みんな笑顔で拍手している。


「いいと思う。メロディがこの世界だとちょい複雑かなって思ったけど、いい歌なら歌うし、大丈夫だろ。っていうかこの曲調、海神のを大胆にアレンジしたなあ」


『実はショートさんの故郷に行った時、流れていたメロディを覚えていましてね。あの後何回か行って商店街の方とお話をして、音楽を借りてきたのです』


「独自に地球に行ってたのか!?」


『はい。私はもともと、あちらと意思疎通ができていましたからね。ショートさんがあちらとこちらを繋いだので、私も自由に行き来ができる状態になっています。お陰で作業は順調に進みましたよ。この寿ぎの歌はすなわち、ワールディアと地球の合作です!』


「マジかあー」


 ユイーツ神のバイタリティに驚くばかりだ。

 行きがけの駄賃で、商店街を祝福したりしていないだろうか。

 多分してるんだろうなあ。


 県境を超えて商店街にやって来る客が増えていそうだ。


「ではこの歌を世界中に広めるんだな。神がいない地方もあるだろう」


『ええ。ですので天使が耳コピして世界中で歌ってみせます。素質があるっぽい人を探し出して、彼らにまずレッスンして伝授し、そこからムーブメントを引き起こそうと』


「寿ぎの歌がとても俗っぽい用語に彩られている……!! だがまあ、朝飯を食ったらだな。俺も手伝おう」


『ありがとうございます!』


 ということで、ユイーツ神も交えての朝食となった。

 パンに、水で戻して味付けした干し肉と野菜を挟み、勇者村オリジナルソースで食う。

 美味い。


「歌聞いたよー。いい歌だねえ。歌いやすそうだし、何より歌詞が好き。だって、最初で歌われてた世界を救った勇者から、新たに世界を始めるっていうの、ショートのことでしょ」


 マドカを挟んで横に座ったカトリナがニコニコする。


「そのようですな……」


「おー? おとたんなー?」


 赤ちゃん用椅子に腰掛けたマドカは、事情が分からないなりに俺が話題になっていると理解したらしい。

 色々きっかけを見つけては、話題に加わってこようとする。

 うーむ、かわいい。


 ちなみにマドカは、自分のぶんのサンドイッチをパクパクパクーっとすぐさま平らげ、お腹いっぱいになって今はヤギのミルクを飲んでいるところである。

 口の周りが白くなっている。


「そうだなー。歌ができたんだよ。マドカも歌を作るお手伝いしてくれたもんなー」


「した!」


 自分が何かしたっぽいぞ、と理解したマドカが、ニッコニコになる。

 かわいい。


「いいなあー。マドカ、後でお母さんに教えてね? 約束よ?」


「おー、おかたんにおせる!」


 カトリナが、マドカのちっちゃい指と指切りげんまんらしきことをしている。

 ちょっとメロディもニュアンスも違うけど、この世界にも指切りがあるんだよな。


『心温まる光景ですねえ。世界を初めたと謳われる勇者も、その立場を退いて世界を神と人の手に返した……。まさしくその通りです』


 うんうんとユイーツ神がうなずいている。

 彼もサンドイッチをガッツリ食ってお代わりまでして、満足したようだ。


『高位精神体である私に食事は必要がないのですけれどね。しかし食事に含まれる作り手や捧げ手の思いは味わうことができ、私の体を構成する要素となります。美味しいサンドイッチでした。このソース新しいですよね』


「ちゃんと味わってるんじゃないか」


 その後、ユイーツ神と今後についての相談だ。

 とりあえず天使たちは、世界中に散る。

 期間は一ヶ月ほど。


 天使の数もさほど多くはないから、地道な広報作業を進めていくことになる。

 その後、世界中で集めた歌の伝道師をレッスンし、また元の世界に帰す。


 そして寿ぎの歌を広めるという寸法だ。


「じゃあ、俺は手前村と王都をやっとく」


『助かります。ではお願いしますよ!』


 お願いされたのである。

 さあ、寿ぎの歌についてのイベントは、いよいよ最終局面だぞ。


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