第279話 あの潮騒を聞け

 家族で海の王国に……という提案をしたら、カトリナに断られてしまった。


「勉強がいいところなの! お義母さんも熱心に教えてくれる!」


「なるほど、向上心!! マドカは……」


「おかたんと!」


「そうかー」


 妻と娘に振られてしまった。

 最近マドカは俺にべったりだったので、次はカトリナべったり週間に入ったらしい。 

 我が娘ながらバランス感覚に優れている。


 実際は図書館で絵本の読み聞かせが楽しみなんだろうけど。


 仕方ない。

 俺が一人で行くか……。


 そう思ったら。


「あたしが行くわよ」


「ヒロイナ! あとフォス!」


「あ、はい。おまけの僕です」


 そう自分を卑下するな。

 どうやら胎教にいい的な話をどこかで聞いたか、魔本から吹き込まれたらしく、わざわざ潮騒を聞きに行く気になったらしい。


 ヒロイナもいつ生まれてもおかしくない感じだしな。

 かくして、この二人をおともにして海の王国へ向かったのである。


 瞬間移動魔法のシュンッでひとっ飛びなので、ヒロイナのお腹の赤ちゃんに負担も掛からない。


「あいたっ、蹴った!」


「瞬間移動させられたのを理解して反射的に動いたのかも知れないな。大物の気配がする」


「いやなこと言わないでよ。ショートみたいなのに育ったらどうすんのよ」


「世界が大惨事になるな」


 そういうやり取りをしつつ、海の王国の入り口で一声掛ける。

 これが伝言ゲームで、ザザーン王まで伝わるし、彼が後で挨拶に来るだろう。


 今回の件は海の王国としても最重要案件になる。

 何せ、世界中に広める寿ぎの歌が、今王国の海辺で生み出されようとしているのだから。


「波の音が、まるで歌声みたいに聞こえます」


 フォスが、視界いっぱいに広がる大海原を見て呟いた。


「そりゃあそうさ。ここには海の神と、彼が招集した世界中の海神が揃ってるんだ。奴らが水中で、みんなでハミングしているわけだ。つまり潮騒は海神の鼻歌ってことだな」


「鼻歌って言われるとなんだか嫌な感じよね。言い方って大事ねえ」


 砂浜にどっかり座り込んだヒロイナ。

 潮風が心地いいらしく、まったりしている。


 海の王国はそれなりに四季がしっかりしており、今は秋頃。

 海水は冷たくなって来ているが、周囲の気温はちょうどいいくらいだ。


 潮騒を楽しんでのんびりするには、最高の季節かも知れない。

 夏はちょっと暑すぎるしな。


 三人でボーッとして、海神たちの鼻歌を聞いていたら、背後が騒がしくなってきた。

 すなわち海の王国側である。


「勇者様! いらっしゃっていたのですな! 今回はどういう用件で」


 俺はザザーン王とその部下たちに、今この海で何が行われているかを簡単に説明した。

 突然の元勇者来訪に、ちょっと迷惑そうだった側近たちも、驚きで目を見開き口をポカーンと開く。


「なんと……わが王国の海でそんなことが……!! これほど誇らしいことはありませんなあ!」


 ザザーン王は大喜びである。

 おらが海で神様が勢揃い、世界中に広まるであろう寿ぎの歌が、まさにここで作られている……となると、それはもう伝説の光景そのものだ。


 今まさに、歴史が生まれる場所に自分たちがいる、と彼らは認識したらしい。

 それはそうと。


「これが本場の海鮮丼!? 美味しいわねえー! やっぱり具材が新鮮だとめちゃめちゃに美味しいのねー! これはお腹の子の栄養になる……!!」


 ヒロイナが食べること食べること。

 海の王国の民が総出で潮騒の歌を聞きに行っている間に、俺たちは海鮮丼をたらふく食べ、お茶を飲み、まったりし、潮騒を子守唄に昼寝したりした。


 なるほど、これはヒロイナにとって、素晴らしい骨休めになったようだ。

 色気より食い気か、みたいな話もあるだろうが、何よりもヒロイナはこれからの出産を控えているからな。


 体力を付け、精神を安定させ、そして勝負に臨もうと、そういうわけだ。

 ま、回復魔法もあるし100%安産になるから安心して欲しい。


 フォスもスッキリした顔をしており、


「彼女がリラックスできて何よりでした。最近、中にいる赤ちゃんが蹴ってくる事が増えたそうで、もうすぐ生まれるんだろうと思ってます」


「めちゃめちゃ元気っぽいな」


 俺がその気になれば、生まれてくる子どもがどういうタイプなのかを調べるのは容易い。

 だが、あえてそうしない。

 その辺りのサプライズとかは、夫婦と、次に村のみんなで一緒に楽しむものだからだ。


 ということで、俺たちが帰る頃には曲が完成していたようだ。

 潮騒に聞こえていたものが、きちんとしたメロディーになっている。

 それが海から響いてくるのだ。


「海全体がスピーカーになったような感じだな。だが不思議とうるさくない」


「そうねえ。まさに神話の光景よね」


 ちょっとこの様子に浸っていたら、空がピカッと光った。

 海の王国民たちから、どよめきが上がる。


 空に生まれた光から、やはり光り輝く人影が姿を現したからだ。

 あのよく見知った光は……。


「ユイーツ神だ。歌を回収に来たな。あとはあいつがアレンジして完成だ」


「最高神がじきじきに歌を受け取りに来るのね……」


「あいつは何かと理由をつけては仕事を放り出したがるからな」


 海神も海を割ってその姿を現し、空と海とで歌の受け渡しが行われた。

 これも傍目には凄い儀式であろう。

 だが、実際はこの間、ここの居酒屋で話し合った通り、海の神が作曲した歌をユイーツ神が受け取りにやって来ただけだ。


 歌が光の玉の形になって、ユイーツ神に渡される。

 ユイーツ神は歌を掲げて、そこから流れ出すメロディを聞いているようだ。


 おっと、光り輝く場所から天使たちが降りてきた。

 いつまで経っても戻ってこないユイーツ神にしびれを切らしたな。


 彼らはユイーツ神の全身を拘束すると、職場に連れ帰っていく。

 おお、仕事をしたくないユイーツ神が抵抗している。


 だが、傍から見ると、天使たちを全身に侍らせ、尊き神が昇天していく様に見える。


 真実は、知らないほうが幸せだったりするものなのである。

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