第277話 酒仙と夜話の神、語る

 アホみたいに切り立った崖が、縦向きにそびえ立つような山をぐるぐると登っていく。

 登山道が螺旋状でなければ行けないのだな。

 道そのものは緩やかだし、山だってそこまで大きいわけじゃない。


 ぐるぐる回れば普通に登れるのだが……。


「だっこー」


 うちにはマドカがいるからな。

 マドカをひょいっと抱っこして、「飛んでいくか」ということになった。


『私は飛べないのですが』


「神だからって飛べるとは限らないのか、盲点だった」


 ということで、ナイティアは背中にくっついてもらう。

 前にマドカ、後ろにナイティア。

 俺、飛翔である。


 びよーんと飛んで、あっという間に頂上。

 そこでは、真っ昼間だというのに酒盛りが行われていた。


 1DKくらいの広さの庵があり、目の前に設けられた庭のあちこちに人々が座り込み、酒を飲みながら何やら詩らしきものを吟じている。

 これはこれで味のある光景である。


「おーい。詩仙リーフェイはいるか」


 俺は庭の入口辺りに降り立ち、声を掛けた。

 すると、まだ正気を保っている連中がちらりとこっちを見る。


「おや、外国人だ」


「こんな辺鄙なところまでよく来たなあ」


 俺は彼らを一人ひとり見つめる。

 おう、いたいた。


 一人だけ、眼光の鋭い白髪白髯の男がいる。

 こいつはけっこう飲んでいるのだろうが、俺に向ける鋭い目つきだけは酔いに浸ってはいない。


「あんたがリーフェイか」


『お主、その纏う神気は……。外津国の大神だな?』


 外の国の強大な神か、と問うたわけだ。


「結果的にそうなってしまった。間違ってない」


『それほどの大きな神が、わし如き木っ端仙人になんの用か?』


「うむ。用事はある。詩を作ってもらいたい」


 俺はマドカに、アンチアルコールフィールド的な魔法、『ヨイマセン(俺命名)』を掛ける。

 山登りの途中で作った魔法だ。


『断る。わしは人に命じられて詩を作ることはもうやらん』


『偏屈そうな方ですね。もう諦めましょう』


 ナイティア、他人のことは言えないと思うが?

 それに諦めが早い!

 だが、ここからが交渉だ。


「そうか。ところでこれはうちの地元で作った丘ヤシを使った地酒でな」


 俺がアイテムボクースから、味のある土の酒瓶を取り出すと……。

 リーフェイが座った姿勢のまま、ぴょーんと跳ね上がった。


『何だと!! それを早く言わんか!! その土地の酒があるならば土地の詩を詠まんでも無いわい!』


 リーフェイの口角が上がり、全身にやる気が満ち満ちている。

 ということで、丘ヤシの酒、


『いい香りだ!』


 うお!

 もう目の前にリーフェイがいる!

 でかい盃を持って、差し出してくるではないか。


『何という酒だ? わしは古今東西の酒を飲んだと思ったが、こいつは知らんなあ』


「つい先日生まればかりでな。数々の試行錯誤と、俺の村が纏う神気で醸成された……あれ? 神酒じゃね、これ? 名前か。そうだなあ……。彩鬼、とかどうだ」


 ブルストに先日言われた、夢や世界がカラフルに色づいた的な言葉を思い出す。

 俺にとって、世界を彩りに満たしてくれたのはカトリナだしな。

 これがいいだろう。


『謂れのありそうな名だな。いい名だ。どれ……』


 とくとくと注ぐと、無色透明の酒が注がれた。

 リーフェイが目を細め、酒の香りを吸い込み微笑んだ。


『いい酒だ』


 そう呟いて、彼は酒を一息に飲み干した。


『美味い!! よし、良かろう。わしはお主らに手を貸すとしよう。お主は、魔王を倒した男だろう? なあ勇者ショート』


「分かるのか!」


『詩仙だぞ、わしは。見る目くらいなくてどうする』


 なるほど、こいつはやりそうだ。


「どうだナイティア。合作できそう? 他に鍛冶神もいるんだけど」


『いけそうです。鍛冶神って、あの輝く方ですか? あの方、固定名が無くて鍛冶神っていうだけなら、あれですよね。原初の鍛冶神ですよね? 世界に溢れる全ての鉄器、青銅器を産み出したという……。えっ、詩を書くんですか!?』


『ほう、そこにいるのは夜話の神だな。物語を生み出すことに掛けては、右に出るものは無いと聞くぞ。いいぞいいぞ。その鍛冶神とやらは素人だろう。仕方ない。わしが詩のなんたるかを教えてやるとしよう』


 すっかりリーフェイはやる気だし、ナイティアも仕事の話になったら乗り気になった。

 どうもこの引っ込み思案な女神、同じクリエイタータイプの神が現れたので対抗意識を燃やしたらしい。


「よーし、じゃあ勇者村に行くか。ちょっとついてきてくれ」


 こうなれば話は早い。

 ナイティアとリーフェイを連れ、俺はシュンッで勇者村へと移動した。

 セーブポイントをこの庵にしておいた。


 ちなみにマドカは爆睡している。

 大人たちの訳のわからない話をされて、退屈で寝てしまったらしい。


 勇者村への帰還と同時に、マドカをカトリナに手渡す。


「あー、すやすやねー。あんまり寝すぎると夜に起きちゃうから、どうしようかな……」


 カトリナがマドカを抱っこしつつ、食堂の方へ歩いていった。

 これは、美味しい匂いで目覚めさせる作戦だな。


『ショート! 連れてきたか!』


 カトリナと入れ替わりで、食堂から鍛冶神が走ってきた。

 相変わらず、光り輝く剣を体の中に浮かべたまま、半透明な体も輝いている。


『うおーっ!!』


『うわーっ!!』


 リーフェイとナイティアが、鍛冶神を見るなり俺の後ろに隠れた。


『お、お、お主!! 本物ではないか!! 大神も大神、最も古き神の一柱ではないか!!』


「だから鍛冶神って言ってるじゃん」


『ひええー、分かってましたけど畏れ多い……!!』


 とにかく。

 作詞チームが集まったのだ。

 ガンガン詩を作っていってもらうぞ!

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