第272話 戻ってきた日常と、収穫

 海乃莉の結婚式騒動も終わり、勇者村にはいつもの日々が戻ってきた。

 とは言っても、一日として同じ日はない。


 雨季だから、ざあざあと雨が降る。

 その合間を縫って収穫、収穫。

 綿花がばりばりに採れた。


 大豆もよく育っている。

 綿花をほぐし、製糸に向けて準備するのは男衆の仕事である。

 食堂に集まって、床やテーブルの上に山盛りになった綿花を、ばりばりほぐす。


 そして俺のアイテムボクースに放り込んでいく。

 これを糸にして衣類に加工するのが、勇者村縫製班……ミーとスーリヤの仕事である。

 先日の礼服騒ぎでも、大活躍した二人だ。


 勇者村婦人会の中でも、仕事ができる女子として一目置かれている。


「私もああなりたい」


 なぜか綿花ほぐし作業に加わっているカトリナがぼそりと言った。


「種族的特性があるからな。得意不得意はしゃあない」


「ウー」


 おっ、カトリナが昔のマドカみたいに唸った。

 不服らしい。


 オーガは創造的才能に欠ける種族だ。

 なので、ゼロから何かを作り出すとか、思いつくとか、そういうのが苦手なのだ。

 カトリナはその中では比較的、創造的なセンスがあるとは言え、ミーやスーリヤと比べると……。


「マドカの可愛い服を作りたいのよう」


「作れてるじゃないか」


「あれはミーに手伝ってもらってるの! 私だけでやりたい!」


「むう、克己心が高い」


 うちの奥さんの志の高さに感心してしまう。


「ならば、俺も全力でサポートしよう。問題点を洗い出して、カトリナが色々作れるようにならないとな」


 そういう話になった。

 綿花作業はばりばりやったところで、夕食の時間になる。

 全部アイテムボクースに回収してから、飯となった。


 そして夜。

 俺とカトリナはマドカを連れて図書館に。


 マドカは床に下ろされると、ぱたぱたぱたっと走って魔本のところに行った。

 お気に入りの絵本を読んでもらうらしい。


 読み聞かせを自ら欲するとは、将来が楽しみだな!


「ショート、どうして図書館に来たの?」


「そりゃあ、カトリナの創造的センスを育てるためさ。カトリナはまだ若いから、どんどん吸収できるはずだ。何かを作るためには、まず色々なものを取り入れないとな」


「そうなんだ? ミーもスーリヤも、ぽんぽんいろんなアイディアが出てくるから、才能だと思ってた」


「ミーは彼女がいた村で、他の人たちが作ってた細工物や意匠を覚えたんだろう。スーリヤは砂漠の王国の文化を受け継いでいる。二人とも土台があるんだぞ。オーガが創造的な才能に欠けるというのは、狩猟採集がメインで何かを作って受け継いでいくという文化が少ないせいだとは思うのだ」


 オーガは肉体的に、極めて優れた種族である。

 あらゆる人族の中で、最強と言っていい。

 クマとだって素手で渡り合う。


 だが、それ故に工夫というものをする必要がないのだ。

 ご先祖の代からそんな感じだったので、今に至るまで、文化的なものを生み出して受け継いでいく蓄積というものが乏しい。

 どんなやつも、ゼロから物を作ることは難しいからな。


 そういうわけで、物語を読む。

 いきなり難しい専門書とか読ませても、ちんぷんかんぷんだ。


「お話を読んでると、頭の中でイメージが膨らむだろ。なに、イメージが湧かない? じゃあ絵本だな! そう言えばカトリナは読み聞かせを聞いてることが多かったもんなあ」


「文字がたくさんあると頭が痛くなるんだよね」


「なるほど……。俺はラノベを読み慣れているので文字ばかりというのに抵抗が無いのかもしれない」


 イメージを思い浮かべるには、基礎となるイメージが必要だ。

 絵本の魔本も何冊もいる。

 彼らを呼び集めて、読んでいくことにした。


『彼らを読んでいると、気を抜くと絵本の世界に吸い込まれますからな。お気をつけ下さい!』


 カタローグのアドバイスをもらいつつ、読んでいく。

 やはりカトリナには、絵本から行った方がよさげである。


 二冊くらい読んだところで今日は終了。

 脳内でイメージを高めてもらうことにした。


 絵本のようなフルカラーの夢を見てくれたまえ。


 脳を使ったためか、カトリナはベッドにつくと一瞬で熟睡した。

 俺はもうちょっと寝るまで掛かるな。


 外にぷらぷらと出てきたら、ブルストが市郎氏と酒を飲んでいた。


「なんだ二人とも起きてたのか」


「まあな。たまーにしみじみ酒を飲んで、ここまで来たんだなあと思いたい時がある」


 ブルストが笑った。

 市郎氏は農協職員として、様々な田畑を見てきた。

 雑学知識も豊富なので、ブルストの話し相手としては最適らしい。


 酒も割と強いしな。

 

「ほとんどゼロからこの村を作り上げたそうですね。凄いなあ。神秘の力の手助けがあったとしても、この村がまだ三年くらいしか経ってないなんて信じられない」


「おう、頑張った」


 それだけは自信を持って言える。

 色々あった。

 色々ありすぎるくらい色々あったからな。


 スローライフというものをしているはずなのだが、とにかく忙しい日々なのである。

 そもそも、二年間くらいで魔王が二回降ってきてるし、世界で起こりかけた大きな戦争を止めたり、他国の陰謀と戦ったりだな……。


 いやいや、こんな話をしていては、夜が明けてしまう。


「まあ、色々だ。お陰で村が大きくなってるし、みんな元気だ」


 それだけに留めておいた。


 しとしとと雨が降り出す。

 雨季は、とにかくよく雨が降る。

 だが、夜半の雨はそこまで強くならない。


 雨音を聞きながら、ブルストが呟いた。


「オーガはな、夢を見てもその夢に色が付いてねえんだ。想像力ってのがねえのかもな。だがよ。ショート。俺の夢は、お前と会ってから色が付いた。毎日がカラフルだぜ」


「そいつはどうも」


 なんだかちょっと嬉しくなることを言ってくれるじゃないか。

 こうして、ゆったりと夜は更けていく。

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