第268話 勇者村の人々、日本へ~その1

 ついにやって来た、Xデーである。


 準備は万端。

 皆が礼服とドレスを準備して、臨戦態勢。


「諸君!」


 俺は村人たちに呼びかけた。


「今、日本ではだいたい6月下旬……蒸し暑い頃である……!」


 ワールディアが十三ヶ月周期なので、あっちとはちょいちょい季節がずれていくんだよね。


「だが今回の礼服やドレスには、湿気を逃がす技術が使われている。そして雨季に慣れた諸君ならば、日本の6月くらい軽く凌げると確信している」


 海乃莉、まさかジューンブライドをやってのけるとはな……!


「心の準備はいいか!」


「おー!」


「日本に行きたいか!」


「おー!」


「異世界は怖くないか!」


「おー!」


「よし! いざゆかん、日本へ! 海乃莉の結婚式へ!」


 ということで。

 どやどやと、村と俺の実家をつなぐゲートをくぐった。


 あっという間に実家がぎゅうぎゅうになる。

 たまらず、どうぶつチームが外に出た。


 通りかかったご近所さんがそれを見て仰天する。


「ヒャア、大きなヤギと緑色の鳥とアリクイ!」


「いきなり騒ぎになってしまったな」


「翔人、タクシー呼んだから」


 タクシーだと言っていたが、でかいマイクロバスが二台来た。


「変わった馬車だなあ。自動馬車ってやつだろ? 王都で見た」


 ブルストが言いながら、マイクロバスに乗り込む。


「夫婦でよそゆきっていうの、初めてじゃない?」


「そうかもな! バインもいい子にするんだぞ」


「あぶあー」


 ブルスト、パメラ、バイン。そして虎人の親子にクロロック、ピアとシャルロッテさんとカールくん、案内役で市郎氏。

 ガラドンも詰め込んだ。


 もう一台に、残る人間型の村人と、トリマルにアリたろう。

 これで出発である。


 町中を疾走するバス。

 窓に張り付いた村の衆から、歓声があがった。


 運転手さんが不安そうだ。


「どうしたかね」


「あの……。うちのバスはまだいいんですけど、あっちのバス、すごく大きい人とか、虎の被り物した人とか、カエルの被り物した人とか……。なんかコスプレのイベントなんですかね?」


 引きつり笑いを見せながら言ってくる辺りはプロ根性だ。

 ナイス、正常化バイアス。


 明らかに被り物ではないクオリティで、表情豊かに動いているけれど、人間はそういうものでも日常とすり合わせるように自分を騙すものだ。


「妹の結婚式なので、みんなで盛り上げようというわけなんだ」


「ああ、なるほど!」


 疑問に答えが与えられ、明らかにホッとする運転手。

 この情報は向こうのバスにも行ったらしく、あちらの運転手も平常心を取り戻したらしい。

 まあ、見た目はいかついが中身は普通の人だからな、みんな。


 俺の故郷は、お世辞にも大都会ではない県庁所在地だが、それでも勇者村から見れば未来都市である。

 俺に向かって、次々質問が飛んでくる。


「ショートさん! この世界だと、みんなあんなちっちゃ自動馬車に乗るんですか!?」


「そうだ。運転免許があればみんな乗れる」


「凄いところだ……」


 フックが驚愕する。

 去年、海水浴のためにこっちに来た経験があるミーは余裕だ。


「そうなんだよ。凄いのよこっち。ま、あたしは慣れてるけどね……」


「ミーも凄いな……」


 フックにリスペクトされて、ミーがかなり得意げである。


 それに対して、昨年こっちに来てないヒロイナは、べったりと窓に張り付いている。


「何これ!? 凄いんだけど! 明らかに王都を越えた超魔法文明じゃない! ショートはこんな世界から来たって言うの!? なら、あの成長速度も納得できるわね……」


「みんなが強いわけではないぞ……」


「嘘おっしゃい」


 かなりお腹が大きくなってきたヒロイナだが、それでも結婚式は見逃せないらしい。

 異世界の式をその目に焼き付けるべく、妊婦さん用のドレスで参加である。


「無理はしないでね。何かあったら僕に言って」


「うん、ありがとう。その時は遠慮なく頼らせてもらうわよ、お父さん?」


 おっ!

 フォスがちゃんと旦那らしいことを!

 そしてヒロイナがちょっと甘えているので、愛を感じる。


 うんうん、二人の子どもも楽しみだなあ。


 その前の席では、アリたろうが何やらビンに講釈している。

 そうか、アリたろうは勇者村の面々で、ただ一匹だけ日本を己の足で疾走したことがあるのだ!

 つまり、誰よりも日本に詳しい。


 俺を除くと。


「もがもがもが」


「へー!! すごい! アリたろうすごいねー!」


 ビンが感心している。

 アリたろう曰く、いかにコンクリとアスファルトの地面が固く、走りやすいが反発が凄いか。

 そして気候の話と、好奇心旺盛な現地の人々の話。


 何気に話が上手いなアリたろう!

 残念なのは、アリクイ語で話してくるので、俺やビン、後は恐らくカールくんと残りの四天王くらいしか言葉が分からないことだろうか。

 あ、ピアも分かるか。


「うわーうわー」


「わーわー」


 席に戻ったら、カトリナとマドカが窓に張り付いていた。

 先日も同じような光景を見たような……。


 常に、日本の風景が珍しいらしい。

 好奇心旺盛な二人だ。


「ショート、違うんだよ。前よりも高いところから外を見るとね、全然見え方が違うの! ほへー。すごーい。あのお店行ってみたーい」


「まおも! まおも!」


 すぐ前の席にいる両親がニコニコしながら背もたれごしにこっちを見ているな。

 二人揃って、走ってる車の中で立ち上がってるんじゃない。


 ちなみにサーラは見慣れない景色が怖いようで、ずっとスーリヤにべったりくっついていた。

 アキム、アムト、ルアブの男衆は、景色の中にある店が何なのかを当てっこしている。

 誰も正解を知らない当てっこだ。


 ブレインは一人、最後部の座席に座り、めちゃくちゃ真剣な表情で外を見ていた。

 こっちの世界だと、見るもの聞くもの、何もかもが未知だもんな……!


 かくして大騒ぎのまま、マイクロバス二台は式場へと到着するのである。



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