第265話 蒲焼き談義

 一通りの下見を終え、俺たちは勇者村へ帰還した。

 両親もついてきた。

 どうやら日曜日だったみたいだし、いいのか。


「ショート、ウナギ釣ったんでしょ? ちゃ~んと蒲焼きのレシピ押さえておいたからね!」


「そうか、そうだった!」


 母が蒲焼きを作りに来ると言う話をしていたところだった。

 それに、クロム鋼をくれた職人たちにウナギをごちそうせねばな。


 アイテムボクースに、新鮮なウナギ肉はそれなりの量を保存してある。

 いざ焼くとなったら、これを取り出すとしよう。


 母が蒲焼きのレシピをメモ帳から朗読し始めると、ブレインや魔本やピアが集まってきて、めいめいに記録をし始める。

 今、ワールディアにウナギの蒲焼が爆誕しようとしている!


「サトウキビの導入をそろそろ考えるべきですね」


 クロロックも来た!


「実はショートさんのお母様からレシピをいただきまして、こちらで再現できる豆腐などはよく作っているのです。そしてついに醤油が完成しそうです」


「なんだと!!」


 俺は飛び跳ねた。

 20メートルくらいジャンプした。


「塩分の関係と、バランスから、あちらの世界で口にした醤油をなかなか再現できなかったのですが、ようやく要領がつかめて来たところです。これが試作品第一号です」


 透明度低めのビンに詰め込まれた、褐色の液体。

 これをちょっと小皿に垂らして、口に含んだ母。


「あら、面白いお味の薄口醤油! いいわね、これ使いましょ!」


 おお、早速採用された!

 クロロックが嬉しそうに、喉を膨らましてクロクロ鳴らしている。


「ウナギを焼くのか? あれは蒸さないといけないんだぞ」


 父が首を突っ込んできた。


「俺の幼馴染に鰻屋がいてな。そいつの料理を見せてもらうことがよくあるんだ」


「あ、知ってる知ってる。あのおっさんか」


 俺もよく知っている人だ。

 今では、店はやめてウナギと寿司のデリバリーショップをやっているらしい。


 タレを作る担当、母。

 ウナギを焼く担当、父。


 うちの両親が大活躍である。

 俺はのんびりこれを眺めている。


 抱っこしていたマドカが、流れてくるウナギの焼ける香りに、ふんふんとちっちゃなお鼻をひくひくさせた。


「おーしーによい」


「うむ。めちゃくちゃ美味しい匂いだぞ」


「うへへー」


 どうやら美味しいものが食べられることを理解したマドカ。

 にやにやし始めた。


 だが、ウナギは焼けるまでが長いと聞くな。

 調理の間に、マドカはすっかり寝てしまった。


 日本でもかなり食べたからな。

 たくさん寝てお腹を空かせるのだぞ。


 ちなみに、美味しい香りに誘われたのはマドカばかりではない。

 勇者村が誇る、育ち盛りの子どもたちが集まってくる。


 巨大ウナギの肉はかなりあるが、早々に食い尽くされてしまいそうだ!

 だが、美味いからと行って乱獲はいかんな。

 幸い、このウナギを釣るには俺とビンの念動魔法が必要だ。


 どうやら巨大ウナギ、雨季の季節で増水した川にしか出現しないようなのだ。

 道理で今まで見かけることが無かったし、王都にも商品として出回らなかったはずだ。


 巨大ウナギ釣り自体が、大変難易度が高いことなのである。


 夕方ころに料理ができあがり、みんなで食べることにした。

 ウナギと米を合わせているのだが、今回のミソはウナギのタレである!


 タレを付けて焼いたので、蒲焼きになっているだ。

 暴力的な香りと、程よい焼き加減のウナギ肉に、誰もがごくりと唾を飲む。


「さあ、食べてくれ! これがウナギの食い納めだ。また来年食おうな」


 俺の言葉に、みんな神妙な面持ちで頷いた。

 かくして、勇者村のみんなでウナギの蒲焼を食うのだ。


 身がでかくて分厚いから、見た目は俺が知るウナギとは全然違うものになっている。

 はんぺんみたいな切り身に焦げ跡が付いて、たっぷりタレが掛かっているだけだ。


 しかし、俺と虎人の親子だけがメインで使っている箸にて、ぷっつりと切れるほど肉は柔らか。

 口に含めば、炭焼した香ばしい香りと、タレの甘く芳醇な味が体の中いっぱいに広がっていく……。

 至福なり。


 いつもはぺちゃくちゃお喋りしている村の仲間たちも、無言でウナギを食った。

 美味いもんな!


 かくして、ウナギは綺麗サッパリ平らげられてしまった。

 後は、王都の職人に届ける用の蒲焼きだけだな。


「ウナギは肉が美味いのかタレが美味いのか……」


 おっ、食べ終わった後、酒盛りモードになった大人連中がわいわい騒ぎ出したぞ。

 それはなかなか、意見が分かれる話題だろう。

 だが、俺の結論は唯一つだ。


「ウナギは肉もタレも美味いんだ」


 確かに、と勇者村一同、頷く。

 ちなみにクロロックは、ウナギと米を合わせたうな丼とでも言うべきものが食べづらいので、これにお茶を掛けてウナギ茶漬けにしてさらさらと飲み込んでいた。

 食べ方も人それぞれである。


 そして……。

 俺はシュンッにて王都へ瞬間移動。

 ウナギおにぎりを門番たちへ差し入れした後、鍛冶師たちへウナギを振る舞うのだった。


 彼らは仕事上がりに、浴びるように酒を飲むので、白焼きが良かろう。

 巨大ウナギの白焼きは大盛況で、あっという間に無くなってしまった。


 帰る俺に向かって、鍛冶師たちが「こんな美味いもの食えるなら、クロムなんぞいくらでも持っていってくれて構わないぜ!!」と声を掛けたのである。


 うむ、ウナギは劇薬すぎる。

 美味さのあまり、獲り尽くされてしまわないよう、村の仲間たちにも伝えておかねばな……!


 かくして、勇者村のウナギ騒動は終わり。

 雨季真っ只中となるのである。


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