第261話 水遊びだよマドカちゃん

 川べりにやってきた。

 川そのものは、赤ちゃんが踏み入るには危ないのだが、安全に水遊びできる方法がある。


 この辺の川原をちょっと掘ってやると……。

 じんわりと水が湧き出してくる。


「おー!」


 川原に生まれたちっちゃな水場に、マドカが目をくりくりさせてびっくりした。

 サーラも身を乗り出している。


「さあ二人とも、ウナギ長靴の力を試してみるのだ! ばしゃばしゃして遊ぶといいぞ」


「ばしゃばしゃ!」


「あそぼ、まお!」


 二人はわーっと水場に躍り込む。

 ウナギ長靴はその威力を見事に発揮し、水を弾いて通さない。


 水の中に踏み込んでいるのに、足が全く濡れないという初体験に、マドカとサーラが目を輝かせる。


「すおい!」


「ばしゃばしゃすおい!」


 二人でキャッキャしながら、ばしゃばしゃばしゃーっと水を蹴立てる。

 おろしたての長靴で、水たまりをばしゃばしゃするが如し。

 気持ちはよーく分かるぞ。


 マドカとサーラ、途中でボルテージが上がってきたらしく、お互いしゃがみこんで、きゃあきゃあ言いながら水を掛け合い始めた。

 もうこれは長靴関係ないな!


 長靴の中まで水でびしゃびしゃであろう。

 しかし、テンションが上がったお子様というものはそんなこと関係ないのである。


 大変楽しそうに笑う二人を見ているとニコニコになる。

 俺もカトリナもアキムもスーリヤもニコニコ。


「村長、俺らも長靴が欲しくなって来ますねえ」


「あ、俺も同じこと考えてたよアキム」


 大人用長靴もいいかもな。

 今までは裸足で水田入ってたが、長靴で水田に入ってもいいのではないか。


 侵入してきたザリガニに足の指を挟まれたりしなくなるしな。

 なお、そういうザリガニはディナーで真っ赤に茹でられ、みんなのお腹に収まるのだが。


「そうだ、マドカ、サーラ」


「んお?」


「なーに、まおのパパ!」


「二人でな、今夜のおかずを獲ってみないか? 水たまりを作るとな、たまーに土の中を潜って、お魚とかザリガニがこっちに出てくるんだ」


「おさかな!? たべうー!!」


「おかず、サーラとまおがとるの!? やるー!!」


 二人はやる気満々。

 マドカは何か勘違いしてるな。


 二人がしゃがみこみ、獲物の出現を待つ。

 水たまりでしゃがんだもんだから、もうパンツまでびしょびしょであろう。

 だが、狩人たちにはそんな事は関係ない。


 やがて、地面がポコポコっと盛り上がり……。


 コンニチハ! とザリガニが顔を出した。


「ちょー!!」


 マドカが奇声を発して、腕を叩き込む。

 赤ちゃんらしからぬパワーが、ザリガニのボディをがっしりと掴んだ。


「とえたー!!」


「マドカえらーい!」


 カトリナがはしゃぐ。


「サーラもがんばる!」


「サーラ、無理しなくていいからね」


「ああ。怪我しないようにな」


 スーリヤとアキムがハラハラしているな。

 だが、サーラはやる気十分。

 この子は、頭がいい。


 マドカがザリガニを捕らえられた動きをちゃんと見ていた。

 自分なりに分析しているな。


 次にザリガニが、サーラの足元からポコっと現れた。

 これを、サーラは「んっ!」と息を止めて、そーっと手を水の中に差し入れる。


 別に息を止めなくていいと思うんだが、気合というものは大事だな。


 サーラが静かに伸ばした手が、ザリガニの背中を摘んだ。

 そのまま、ぐいーっと持ち上げる。


「なんて精密な動作を!!」


 俺は感嘆した。

 サーラの指先がぷるぷるしてたので、素早くザリガニはバケツでキャッチしてやる。


「おおー!! さーあやったー!!」


 マドカが褒め称えた。

 えへへ、と笑うサーラ。


「まおも! ちょー!!」


 マドカ、次なるザリガニに手を伸ばした!

 だがそこに慢心があったのだろう。

 ザリガニの鋏が、マドカのぷにぷに指を挟む!


「きゃー!」


 マドカが悲鳴を上げた。


「マドカー!」


 カトリナが悲鳴を上げた。


「みんな伏せろ!」


 俺が周りに警戒を指示する。

 というのも……。


 マドカの額に、消えてしまったはずの角が輝く魔力の形でニューっと伸びてくる。

 そして、マドカの指を挟んでいたザリガニに、猛烈な勢いで魔力が流し込まれたのだ。


 青いザリガニが、一瞬で真っ赤に茹で上がる!

 そしてポロッと落ちた。

 魔力の余波が周囲に広がり、一瞬、風や虫や鳥の声が全て消えた。


 すっかり忘れていたが、マドカは俺の魔力を余すこと無く受け継いだサラブレッドなのである。

 普段は天真爛漫な彼女の心がその力を押さえつけているが、一度感情が高ぶるとこんなことに!


 俺は魔力の結界を張って、勇者村の仲間たちを保護していた。


「あーん、あーん!」


 マドカが泣き出した。


「指を挟まれて痛かったなー」


 俺がしゃがみ込むと、マドカが鼻を垂らして指を見せてくる。

 おお、赤くなっている。


「マドカ、今度はザリガニさんを捕まえる時は気をつけないとねえ」


 カトリナはそう言いながら、マドカをムギュッと抱きしめた。

 母の胸に顔を埋めるマドカ。

 甘えん坊さんになってしまった。


 ちなみにサーラはすっかり腰を抜かして、水たまりに尻もちをついていた。

 そしてマドカに釣られて泣き始めそうだったので、スーリヤがさっと抱き上げていいこいいこしたのである。


「いやあ、驚いたなあ……。そういや、マドカちゃんは村長のすげえ力を受け継いでるんだった」


「うむ。俺もすっかり忘れてた。制御の仕方を教えていかないとな」


 今回は俺がいたからいいようなものの、俺がいない場所で暴発したら凄いことになるぞ。

 第二の魔王みたいになる。

 今度、力にロックでも掛けておくか。


 そんな事を思う俺なのである。

 だがそれはそれとして。


 すっかり静かになった赤ちゃん二人。

 せっかく長靴を履いて楽しんでいたのに、これはあまりよろしくない。


「サーラちゃん、マドカ。二人にはあとでいいものをあげる」


「んお?」


「んー?」


 二人がこちらを見た。


「サーラちゃんとマドカ用の傘だぞ。これで、雨も楽しくなるからな!」


 俺が目の前に、幻で傘のビジョンを映し出す。

 二人の目が真ん丸になった。


 実は今、クロロックが傘を赤く染めているところなのだ!

 勇者村に、真っ赤な子ども用の傘が登場するぞ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る