第260話 誕生、ウナギブーツ!
かくして、クロムなめしに邁進する俺たちである。
まず、でかい樽を用意する。
そこに魔法によって加工したクロムを溶かした液体を注ぎ込み、ウナギ皮をガーッと入れる。
「これは魔化クロムと言ってですね。水に溶けて溶液となり、皮をなめす際に使えるんです。さあ、どんどん漬け込んで下さい。丸一日漬け込めば完成です」
「えっ、そんなに簡単に!?」
「魔化クロムを用意するまでが大変なのですよ。タンニンであれば用意することはそれほど難しくはありません。ですが、時間がかかる。それぞれに利点があるわけです」
「なるほどなあ」
クロロックは大変詳しい。
……と思ったら、これは全部魔本で勉強し、自分で色々試してみた結果だという。
つまり、クロロックは勇者村に来てからこの知識を身に着けたのだ。
「皆さんがどんどん、新しいことをできるようになって成長している中、ワタシだけが前のままというわけには行きませんからね。幸い、勇者村図書館は知識の宝庫です。ワタシも常に新しい知識を得て、技術へと昇華させて行きますよ」
肉を削ぎ落とし、皮だけにしたウナギをちょうどいい大きさにしながら、溶液に漬け込む。
作業自体は単純なだけに、そこで語られるクロロックの話から耳が離せない。
「実はですね。ワタシはショートさんが結婚なさった時に、ワタシの役割は終わったと思ったんです。ワタシは今まで、幾つもの村から村へ、渡りながら知識を伝えて旅をしてきました。世の人々が、正しい知識で作物を作り、飢えることのない世界こそがワタシの望みでしたから」
「なんだと。クロロックはいなくなるつもりだったのか……」
「ええ。ですが、気が変わりました」
カエルの人は、カパッと口を開けた。
これは彼のスマイルだ。
「世界と世界が繋がりました。別の世界に行く機会が生まれ、ワタシは、自分の知識などなんと狭く浅く、ちっぽけなものだったのかを思い知ったのです。世界は広い。いえ、世界と世界は繋がり、無限の広さを持っている。向こうの世界で見た農業は、まさに神の御業でした。ワタシの知識と技術など、子供だましのようなものです」
自分にダメ出しをしているが、クロロックはとても嬉しそうだった。
「やることがたくさん見つかったのです。ニーゲルはもう、肥料づくりの担当として知識も技術も身につけて来ています。ワタシは別のことをやれるようになっています。もっと、もっとここで勉強をして、ワタシはワタシの理想とする農業をやれるようになりたい。皮の加工もその一端なのですよ」
「ほえー」
俺は大変感心してしまった。
クロロックはずっと、そんな事を考えていたのだ。
思えば、クロロックにとっても、この三年間くらいは激動の三年間だったのではないだろうか?
俺はこのカエルの人が、すっかり完成した人物だとばかり思っていた。
そうではなかった。
クロロックもまた、道の半ばにいるのである。
「さて皆さん! これで漬け込みは終わりです。明日の夕方に取り出し、川の水でさらって終わりとしましょう」
ここでブルストが「ちょっといいか?」と疑問を口にした。
「この液、川に流したら毒にならねえのか?」
「なりません。魔化クロムはごく少量ならば、海藻などの中に含まれている成分なのです。少しずつ薄めながら流せば、川の生き物にも、下流で川の水を飲む方々にも影響はありません」
なんと、エコだった!
そして、ひと仕事終えた俺たちは、ほこほこに焼けたウナギを食べた。
大変美味い。
炊きたての米に乗せて食ったら、死ぬほど美味かった。
マドカも、ウナギとご飯をスプーンでぐちゃぐちゃに混ぜてからむしゃむしゃ食べて、ニコニコしながら俺とカトリナを交互に見る。
「どうしたマドカ。美味しいか?」
「おーしー!! まお、すきー!」
「良かったねえー」
この笑顔が見られただけで、ウナギを釣ってきた甲斐があるというものだ。
ウナギはその日のうちに全部火を通してしまい、今日、明日で消費しきる予定だ。
乾物などはミーやスーリヤがチャレンジ中。
これが成功すれば、一年中ウナギが食えるかも知れない。
いやいや、獲り過ぎはいかんけどな。
この世界の巨大ウナギは、どうやら川の生態系の頂点らしいし。
そうして大満足のウナギパーティーが終わり、翌朝。
漬け込んでいたウナギの皮を、川でよーく洗う。
いい感じに渋みのある色合いになっているな……。
「染料などで色を付けるのは後でいいでしょう。それもまた漬け込み作業になりますから」
「ああ。まずは長靴を作らなきゃな」
そういうことで、カトリナとスーリヤが出動してきた。
マドカとサーラの足のサイズを測る。
二人ともくすぐったがって、キャッキャっと笑った。
そして、ウナギの革を裁断し、縫い合わせて長靴にしていく……。
見た目は灰色だが、そのうち可愛い色合いに染めてやりたいな。
昼ころに、とうとうそれは完成した。
可愛いサイズの長靴が二足。
「これは、工夫して作ってあるので、成長したら糸をほどいて大きいサイズに作り直せるんですよ」
スーリヤ曰く、限られた材料を無駄なく使うための、砂漠の民の技らしい。
「すごい」
俺は感嘆した。
スーリヤがちょっと得意げになる。
そして、ついに長靴を手に入れたマドカとサーラは……。
「おー!! なんこれー!!」
「長靴だぞ」
「なあうつー!!」
「なあくつ? きゅっきゅっていうねー」
二人とも、初めての足を覆う大きな靴に、戸惑い半分、しかし楽しさ半分。
「じゃあ、早速長靴の威力を試しに行ってみようか。雨が降る前に、川べりで水遊びだ!」
見せてもらおうか、ウナギブーツの威力を!
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