第259話 ウナギブーツへの道
頭上の生簀でまったりしていたはずの巨大ウナギ。
ついに酸素が尽きたか、ドッタンバッタン暴れている。
「よーし、介錯してやろう! ツアーッ!」
俺は飛び上がり、ウナギの頭にチョップした。
普段ならぬるりと滑るであろうが、この俺がぬめぬめ相殺魔法ヌメトール(俺命名)で強化したチョップだ。
一撃でうなぎの頭を砕き、そこからウナギを背開きにした。
関東風である。
「ぬめぬめ相殺魔法なんて何のために使うのかと思ってたら……」
パワースがこれを呆れ顔で見上げていた。
「これはな……ぬめぬめした動物のぬめぬめを取って料理しやすくしたり、納豆が苦手な人のために納豆の粘りを薄くしたりするための魔法なのだ。だが未だに納豆には出会えていない」
「そうか……」
パワース、心底どうでもいいという顔をしたな?
この魔法を生み出すために、時間や空間の制御、そして絶対零度と全てを焼き尽くす灼熱をマスターせねばならなかったのだ。
すごい魔法なんだぞ。イマイチ分かりづらいけど。
ともかく、巨大ウナギは死んだ。
「集まれ職人! ウナギを加工するぞー!」
念動力生簀の上に立った俺が叫ぶと、鍛冶神とブルストとクロロックとカトリナとパメラが走ってきた。
神と男たちは皮を加工する方。
女子チームは肉を加工する方である。
「ウナギは何度か料理したことあるからね! 任せときなよ!」
パメラが大変頼もしい。
この世界では、あちこちの川でよくウナギが穫れるんだそうだ。
なので、ウナギを焼いたものは割とポピュラーなおかずらしい。
「かばやきとか……?」
「それは知らないねえ。今度、村長のお母さんが教えに来てくれるそうだよ」
母と連絡を取り合っていたか。
今頃、蒲焼きづくりのレシピをインターネットで探しているに違いない。
そしてカトリナは。
「これだけ大きいと、ぶつ切りにしてゼリーで寄せられないねえ」
「よすんだカトリナ!」
「オーガの間だと割とポピュラーなスタミナ食なんだけど」
「色々なところから問題が出る調理法だから! ウナギは頼んだぞパメラ……!!」
「任せとくれ!」
ということで、職人チームみんなでウナギの皮と肉を分離。
このサイズだから、皮が分厚いし頑丈だしで、とても食えそうにない。
逆に言えば、この厚さだからこそ加工すれば様々な用途に使えそうなのだ。
『よし、神が加工用の道具を作ろう。細やかな衣類の作成などは人の方が得意であろう。服飾の神は滅ぼされてしまったからな。これからの世界は、人が全てのデザインを生み出すことになろう』
なかなか神話的な事を言いながら、鍛冶神は鍛冶場に向かう。
三十分ほどしたら、道具一式を持ってやって来た。
「相変わらず早いなあ」
『別にこれで魔王と戦うわけでもない。ほれ、これが断ち切り鋏で、こちらが革を縫う針。菱目打ちも用意した。なめすのはそこのカエルがやってくれるだろう』
「ええ、もちろんです。ブルストさん、お手伝いして下さい」
「よしきた!」
「俺もやろう。おーい、フック! アキム! 手を貸してくれ!」
勇者村男衆を集める。
アキムの息子のアムトもやって来た。
体のでかさだけなら、そろそろ俺に近い。こいつも一人前の戦力と見ていいだろう。
「それぞれ、これこれこの大きさに切って下さい。今回は、タンニンを使ったなめしではなくて、クロムを用いてなめして行きます」
専門的な話が始まったぞ。
クロロック曰く、赤ワインなどの渋み成分であるタンニンは、それを豊富に含む植物が存在するため、これの樹皮を使ってなめし液とするらしい。
「元々ワタシが知っているのはタンニンを使ったなめし作業なのですが、これは時間が掛かります。完成した頃には、雨季が終わっているでしょう。これではいけません。皮の最初の用途は、マドカさんとサーラさんの長靴ですから」
そして、クロロックが指を立てる。
「クロムなめしは、クロム鋼を用いたなめし方法です。多分に魔法的な要素が介在するために、通常では現実的ではありません。しかし、魔本や魔法使いが多くいるこの村なら可能です。これはなんと、一日で完成します」
おおー、とどよめく村の者たち。
なんというか、チートなめし作業だな!
「ショートさん、原材料となるクロム鋼を手に入れてきて下さい。王都にはあるはずです」
「よっしゃよっしゃ」
俺は安請け合いして、シュンッで瞬間移動した。
王都に到着。
「あっ、勇者様!!」
「またいきなり来たよこの人は」
王都の門の前なので、門番たちが大層驚いている。
「すまんな。クロム鋼が必要なのだ。鍛冶場に案内してくれ」
ということで、話はサクサクと進み。
鍛冶場の親方に事情を説明すると、すぐに鋼材を分けてくれることになった。
「後で俺たちに、巨大ウナギの料理を食わせてくれよ! そいつが報酬だ」
「おう、もちろんだ。腰が抜けるほど美味いからな、覚悟しておけよ」
そんなやり取りをして、クロム鋼を持ち帰る。
すると既に、ブレインとカタローグと、何冊かの魔本がスタンバっていた。
クロム鋼を鍋の中に入れ、それを魔法陣の上に置いて魔力を流し込む。
魔法陣とは、魔力の経路を書き出したもので、描かれた模様の上を魔力が通過することで特定の魔法が発動するものだ。
魔法が連鎖しながら発動し、それらが互いに影響を及ぼし合うことで、結果的に複雑な効果を持つ大魔法となる。
どれだけ微弱な魔力しか無い者でも、正確に記された魔法陣さえあれば、理論上はあらゆる魔法を使えるわけだ。
魔法を使える者が少ないのは、魔法陣のような複雑な魔力の回路をイメージできる奴が少ないからだな。
魔力。そしてイメージ力。魔法を使うにはこの2つが大事だぞ。
魔力によって加工されたクロムは、あっという間になめし用のとろりとした液に変わっていた。
「素晴らしい! ではこれを用いてクロムなめしを始めて行きましょう!」
クロロックが宣言する。
さあ、もの作りの時間である。
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