第253話 やり方を教えて下さいな

「あのう……先程作られていたお料理なのですが、こちらの屋台でも出してみたいのですけれど……」


 まったりお茶を飲んでいた市郎氏、突然後ろから声を掛けられてビクッとしたな。


「あ、は、はい!」


 後ろにいるのはシャルロッテだ。


「ああ、驚かせてしまってごめんなさい。実はわたくし、お料理の勉強中で……。あの、メイドも彼女の幸せを掴むために独り立ちしましたので、わたくしがお料理をしなくてはいけなくて、それで屋台でお勉強がてら作っていたのですが、あなたの作ったものがとても美味しそうだったので……」


「は、はい。焼きそばですか? それでよければ、まだ麺はあるので……」


 シャルロッテは一見して、日に焼けていて勇者村特産の素朴な感じの作業着を身に着けているから田舎のご婦人という感じなのだが、物腰も言葉遣いもノーブルそのものだからな。

 市郎氏が混乱している。


「まあ! それは良かったです! ではこちらで……。師匠とピアちゃんが頑張っているんですが、わたくしも少しでも力になりたくて」


「なるほど、大変なんですねえ。え、メイド? さっきメイドって言いました? 師匠って……」


「おお、お前が異世界から来たヤツが! なんだなんだ、ひょろひょろっとしやがって! 今度俺が鍛え直してやるからな!」


「ひいーっ!? お、鬼がいるー!?」


 市郎氏がブルストと邂逅したようだ。

 確かに見た目はまんま、日本の鬼のイメージだもんなー。


 カトリナが小柄で愛嬌たっぷりなので、角があってもコスプレみたいに見えてしまうだけだ。

 しばらくすると、市郎氏が焼きそばを炒め始める音が聞こえてきた。


「んむー」


 おっと、マドカが俺の服を寝ぼけてもぐもぐやりだした。

 お腹いっぱいではなかったのか。


 寝かせに行くか、それともこのまま抱っこして歩き回るか……。

 うーん。

 俺も祭りを楽しみたいし、だがマドカを一人で寝かせて、目が覚めた時に一人だけだったら可哀そうだし。


 よし!

 抱っこしたままで行こう。


「ショート様、これは実に楽しいですねえ。様々な出店があり、国際色豊かな食事ができる……。そして見たことがない服装の者たちもおりますね。彼らはセントラル帝国の人間で? ノウキョウ? それはなんですか? ああ、彼らの野菜が実に美味しい! 野菜が甘いというのは凄まじい体験でした」


 近寄ってきたグーシエル伯爵が、挨拶もそこそこにまくし立ててくる。

 手には木製のジョッキを持って、そこに勇者村謹製の丘ヤシ酒が満たされている。

 頬が赤くなっているから、いい感じで酔っ払っているのだろう。


「だろうだろう。だけど、あの野菜は再現できないからな。俺たちが俺たちで、コツコツと品種改良して作り上げていくしか無い。言うなれば、俺たちワールディアの者が目指すべき野菜の食味の到達点というやつだ」


「ははあ、なるほど。詰まるところ、神域の野菜ですね? 確かに、屋台運営をされている方の中には明らかに人間には見えないピカピカと輝く方が二名ほどおられましたからね。分かります」


「あー、神様が混じっていることに気付いてしまったか……」


「やはり」


「うむ、そうなんだ。グーシエル伯爵、あんた、ただ者ではないな」


「偏見を持たず、目に見えるものをそのまま受け止めることにしておりますから」


 優秀な男だ。

 彼は頬を赤くしたまま、真顔になった。


「ところでショート様。芸人に歌や芸をやらせつつ、ひたすら屋台で食事を出すだけなのですか? 祭りというものはもっとこう」


「そのツッコミがいつ来るかと思ってたぜ。確かにこのままじゃ、ただの縁日だもんな。ここからが神事だ。幸い、この世界はユイーツ神を出しておけば信仰上問題ない。楽で助かるよ」


「ええ、ユイーツ神様は遍く世界を照らし導くお方ですからね……。そして、神事というのは一体どういうような……?」


「そりゃあもちろん、神に捧げるって言ったら……」


 俺は時間を確認する。

 ちょうど、夕方に差し掛かるところである。


「いでよ、祭具よ! 祭壇よ!!」


 俺は叫んだ。

 すると、この日のために鍛冶神とブルストとパワースがせっせと作っていた祭壇が、家の影からふわっと持ち上がってくる。


「お、おおおおおお!!」


 グーシエルが驚愕のあまり、叫び声をあげる。

 他の来客連中も同様だ。

 空を飛んで、祭壇がやって来る。


 この光景に、誰もが驚き立ち止まる。


 祭壇の上には巨大な……。


「た……太鼓……!?」


「その通りだグーシエル。大太鼓だ! そして芸人の皆さん! 笛と太鼓をご一緒に!」


 俺はふわりと舞い上がると、大太鼓の前に立った。


「光よ、あれ!」


 俺が天に掲げた手が光り輝く。

 そこに生まれる、超高エネルギー体のバチ。


 この日のために、練習をしてきたのだ。

 おっと、マドカ、マドカ……。


 そっとマドカを地面に下ろすと、パッと目を開いた。


「お? お?」


 きょろきょろしている。


「マドカ、お父さん、これから太鼓をドンドコ叩くからな!」


「たいこ? おおー!」


 大太鼓のあまりの大きさに、マドカがびっくりしてひっくり返った。


「行くぞー! おらあ!」


 光のバチを叩きつけると、腹の底に響き渡るような轟音が鳴り響いた。

 これを、連打!

 連打連打、連打である。


 俺が地球にいた頃、ゲームセンターで太鼓・THE・アイアンマンという太鼓叩きゲームをよくやっていた。

 あの経験が今、生きる……!


『おおー!! これぞ神事! 原始の祭りを感じさせる、魂の響きです!』


 ユイーツ神が興奮して、人垣の中でピカピカ光っている。

 目立つ目立つ!


 だが、みんなユイーツ神どころではない。

 太鼓に釘付けになり、なんだかうずうずしているようだ。


 そして、気付いたように芸人たちが笛と小太鼓を合わせ始めた。

 俺の大太鼓がリズムのリードを取り、芸人たちがそれに彩りを添える。


 人々はまるで、何かに突き動かされるように体を揺すり始めた。


「こ……これって……我慢できない! もう、踊っちゃうしかない!」


 カトリナの声が聞こえて、勇者村の村人たちが、めいめい好き勝手に踊りだした。

 いいぞいいぞ!


 これを見た祭りの客たちも、「そうか、踊ればいいんだ!」「踊れ踊れ」「見てるだけじゃ損だぞ。踊らにゃ!」とばかりに適当に踊りだした。

 勇者村の迎肉祭、ついに佳境である。

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