第252話 サプライズ婚約報告
俺がショックのあまり固まっていると、隣でカトリナが無邪気に微笑みながら拍手をした。
農協の人々も察していたようで、「おめでとー」とか言いながら拍手をしている。
周囲の人々も、勇者パーティだったパワースが結婚するらしいと知り、ざわめく。
「隣のお嬢さんは何者だ?」
「どうやら勇者様の妹らしい」
「なんだって!? では勇者の仲間であった戦士パワースと、勇者様の妹がご結婚……!!」
「これはめでたい!」
うわーっ! と、おめでとうの波が広がっていく。
俺は衝撃から立ち直れないでいたが、抱っこしていたマドカがむにゃむにゃ言いながら、よだれを垂らしてきたので我に返った。
うーむ、この賑やかさの中でも眠れるとは、我が子ながら大物だな、マドカ。
しかし、パワースめ、いつの間に……。
いや、いつの間にどころか凄い勢いで外堀から内堀まで埋めていっていたのは見ていたな。
そして気付くと農協への就職まで決めていた。
あいつはどうやら、地球で暮らすことにしたようだ。
海乃莉も嬉しそうに笑っているし、俺が口をだすべきではなかろう……。
ふと気付くと、近くに泣き笑いみたいな顔をした父がいた。
「なんて顔してるんだ」
「翔人こそなんて顔してるんだ」
お互いひどい顔だったらしい。
カトリナがトコトコやってきて、俺の顔を布で拭いてくれた。
ありがたい……!
『お祭りのさなかに、祝福すべき報告がある! 素晴らしいことですねえ。いや、素晴らしい。私は祝福します』
ユイーツ神が実にいい顔をして、うんうん頷いていた。
神が直接祝福しちゃうのかー。
この世界の神様、割と身内贔屓でフランクだからなあ。
祝福する人々に、パワースと海乃莉がもみくちゃにされているのを見ていたら、落ち着いてきた。
俺も祝福に行こう。
「二人とも、おめでとう」
俺が告げると、なんか人波がザーッと割れた。
モーセの十戒みたいだな!
「ありがとう、ショート。それもこれも、みんなお前のお陰だ」
パワースの表情は晴れやかだった。
こっちの世界で勇者パーティに加わって魔王と戦い、戦後に挫折して、それで勇者村に受け入れられて立ち直って、ついには俺の妹とくっつくんだもんな。
なるほど、あいつの人生のターニングポイントにことごとく俺がいる。
「ショートくん、びっくりさせちゃってごめんね。でもこれは、ショートくんがいてくれたから出会えたの。ありがとう!」
海乃莉の言葉を聞いて、まるで結婚式で花嫁に礼を言われる父親ではないか、などと思った。
その父は、「それ、俺が言われるセリフではないか」とか言っている。本当に俺はこの人に似てるな!
かくして、迎肉祭は大いに盛り上がる新たな口実を得て、酒と肉を消費することになったのである。
あちこちで人々が酒を飲み、わいわいと騒ぐ。
父がブルストに酒を注がれて、ぐいぐいやっている。
あれはぐでんぐでんになる飲み方だな。
なんだかんだ言って、娘の結婚というものは嬉しくもあり、寂しくもあるのだろう。
俺も他人事ではない……!!
じっとマドカを見る……が、うちのお姫様はぷうぷう寝息を立てて熟睡している。
カトリナもマドカを覗き込んでいたのだが、すぐに目線を上げて俺をじーっと見つめてきた。
「ねえショート、結婚式はどこでやるんだろうね。私たちも行かなくちゃね」
「うむ……。多分だが、こっちとあっちで二回やるんじゃないか?」
「二回も!?」
「世界をまたいだ結婚だからな」
「私とショートもそうじゃない」
「あの時は俺、あっちの世界に帰れなかったからな」
「そう言えば……!」
だが、後に海乃莉やユイーツ神から聞いた話では、俺が撮影したスナップが異世界に届き、海乃莉や両親たちに伝わっていたそうである。
この辺りもきっかけになって、俺は実家の家族と再会できたのだろうなあ。
何が幸いするか分からん。
「それでね、ショート。次の屋台なんだけど」
「まだ行くのか!」
「もちろん。ちょっとずつしか食べてないし、まだまだたくさん入るよ? 市郎さんがいるところに行かなくちゃでしょ」
おお、農協から連れられてきた、最も勇者村適性が高そうな職員氏か!
カトリナとともに向かった先は、大盛況の屋台だった。
出しているものは野菜たっぷりの焼きそばである。
野菜が多い。
とにかく多い。
焼きそば五割、野菜が五割だ。
これが手のひらに収まる量の麦と交換なのである。
「野菜が甘い!」
「野菜美味い!」
「ヌードルが甘い!」
「甘辛い!」
大盛況だ。
地球の野菜、恐るべし!!
市郎氏は汗をふきふき、必死になって焼きそばを作っている。
作った端からどんどん売れていく。
ついに、カトリナが最後の一パックを手にして……。
「売り切れでーす!!」
完売御礼となった。
カトリナも、地球の野菜の焼きそばを食ってご満悦。
「野菜美味しいねえ……! やっぱりショートの生まれた世界は凄いね!」
「野菜を美味くするべく、品種改良を続けてきた世界だからな……! とりあえずあらゆる食い物が美味い」
「凄いところだ……!」
カトリナが感心する。
感心しながら、焼きそばを猛スピードで平らげていく。
「この味、お塩と甘みと、それから野菜や果物を煮詰めたソースかな? ヌードルはそんなに凝ってない? 細くてのびのびになってる感じで……これなら作れるかも」
カトリナがソース焼きそばの構造を理解し始めている。
近々、勇者村でもソース焼きそばが食えることであろう。
「ああ、どうも村長さん。お陰様で持ってきた野菜が全てはけまして」
市郎氏がペコペコして来た。
「いやいや。俺も地球産野菜の威力に驚いていたところだ。食べ比べると、凄まじい味の良さだもんな。とにかく食べやすい」
「生で食べた時の食味が段違いですからね。調理して味付けをしたら、こちらの野菜とそこまで変わりません」
そうかも知れない。
しかし、俺の目標ができた。
地球産野菜の美味さに、勇者村野菜を近づけるのだ。
品種改良をしていかねばならない……!
海乃莉とパワースのサプライズ婚約報告で受けた衝撃も忘れ、俺は勇者村の今後を考え始めるのだった。
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