第250話 迎肉祭前夜

「あ、地球の野菜? 育つよ?」


 父がいきなりとんでもない事を言ったので、俺は驚愕した。


「俺が家庭菜園やってるの、地球の野菜だもの。農協でも種売ってるだろ? あれ」


「あれか……。よく勇者村の大地に根付いたな」


「ああ。最初はな、全部水をやりすぎたみたいになって枯れてしまった。なんでだろうなあと思って調べたんだが、俺にはさっぱりでなあ……。そこでブレインさんとクロロックさんがやって来てな、三人で調べたんだ」


「調べましたね」


「意外なことが分かりましたね」


「クロロック! ブレイン!」


 話をしていたら二人がいた。

 この賢人どもは神出鬼没か。


「ショートさん、ワタクシはですね、勇者村の土が魔力を栄養の形で作物に注ぎ込んでいると考えています」


「なんだって」


「もちろん、それでは一歩間違えるとモンスター化した野菜が生まれてしまいます」


「初耳なんだが」


「これを肥料によって、魔力ではない物理方面の栄養を加えて中和しているのです。肥料がなければ、野菜はモンスターになるかも知れません。魔力が無ければ、普通の野菜として育ちます」


「魔力邪魔じゃね?」


 ここで、クロロックの話を継ぐようにしてブレインが口を開いた。


「そう。問題は魔力だったのです。お父上の野菜は、魔力にやられてモンスター化する一歩手前でした。それに対して、勇者村の野菜は既に二代目、三代目。魔力が薄かったであろう開拓初期のものの子孫です。この地の土に慣れ親しんでいるために、モンスター化はしないのです」


「初耳なんだが」


「ショートは忙しかったですからね。この辺りは私とクロロックとカタローグで担当して管理していました」


 俺の預かり知らぬところで勇者村は守られていたのか……!!

 確かに、これが明らかになったら地球の野菜を育てることはできんな。


「……だけど親父が、地球の野菜は育つと言っていたが?」


「このまま土に植えれば、土地の魔力でダメになるのです。つまり、このまま土に植えなければいいのです」


「とんちかな?」


 よく分からん事を言うな、おらが村の賢人たち。


「トリマルさんの力を借りて、彼に一晩温めてもらいました」


「卵じゃん」


「そうすると不思議なことに、勇者村の土地に根付くようになったのですよ。つまり、この世界の者の……それも、並外れた魔力に一定時間触れていない限り、異世界の作物はこちらに根付かないのです」


 クロロックのこの言葉で、ようやく俺は理解した。

 なるほど、つまり……。

 俺がこっちに運んできた、別の土地の作物なんていうのも、俺の魔力に長時間触れ続けていたから問題なく植えられたと。


 それは難儀だな。

 俺や勇者村四天王が出てこなければ、異世界のものや他所の土地のものはここでは育たない。


 地球の品種改良された作物は美味いんだが、こっちだとどうなってしまうか分からない不安もある。

 それに食味が良すぎるものに慣れると、こっちの野菜を食べられなくならない?

 そんな不安があるので、やはり原則的に禁止ということにしておこう。


 改めて、農協の人々には、地球の作物植えるの禁止、と伝えておいた。

 信じない様子だったので、勇者村の水にかいわれ大根ををつけて一晩置いておいたら、かいわれ大根が動き出していた。農協の人々もこれを見て理解したらしい。


「野菜が動き出すなんて……」


「アタック・オブ・ザ・キラー野菜になっちゃう」


 野菜は消費するだけ。

 ここのところをよろしく、なのだ。


 さて、そんなことをしながらも、屋台の準備はほぼ終わった。

 勇者村は賑やかな雰囲気になってきており、村の外には王都から来た連中がキャンプを張っている。


「ショート殿ー!!」


 ドルドルドンがふわふわ浮きながらやって来たので、出迎えることにした。


「よーう。みんなで来てくれたか」


「もちろんですぞ! 我々新世代貴族は、ショート殿を応援しておりますからな!」


 そういうスタイルを周囲に見せつけることで、古い上位貴族から手出しされないようにするわけだな。


「歓迎するぞドルドルドン! そして新しい貴族たち!」


 俺が両手を広げて宣言すると、うわーっと歓声が上がった。

 手前村からも観光客が来ていたのだが、この光景に圧倒されている。


 ハジメーノ王国の新時代を築くためのパフォーマンスみたいなものだな。

 こういうのは気にせず、観光客たちは楽しんでいって欲しい。


 俺が各地に行った通達の通り、みんな麦やコーリャン、あるいはコーンと言った穀物の種を持ち寄っている。

 いいぞいいぞ。

 あれはうちの作物にもなるし、あるいは食卓を賑わせる材料にもなる。


 場合によっては、その場で調理して屋台でお出ししてもいいわけだ。


 そして、祭りの前夜。


 いわゆる前夜祭が開かれた。

 勇者村の近くにある広場に、集まった客はキャンプしてもらっている。

 この中心にキャンプファイヤーを設けるわけである。


 俺がデッドエンドインフェルノで点火すると、炎が天を焦がさんばかりに吹き上がった。

 あがる大歓声と絶叫。

 誰だ、世界の終わりみたいな悲鳴をあげてるやつは。


「今、魔力を感知できる貴族がまとめてぶっ倒れましたな」


 ドルドルドンの報告を受けて俺は反省した。


「あ、すまん。そういうののことを全然気にしてなかったわ」


 大方、俺から魔法の極意を盗もうと考える向上心溢れる者がいたんだろう。

 だが、初心者がいきなり達人の技を見て何が分かる。

 魔法の上達にはコツコツ励んで欲しい。


 その後、できたての司祭服を身に着けたリタが姿を現した。

 緊張でガチガチになっているので、俺は彼女の脇腹をつん、と突いた。


「ひゃー」


「緊張する必要はない。みんな祭りを楽しむ仲間だ。リタも、祭りが楽しみだろ? なら、その楽しみだって気持ちをぶつけてくればいい」


「はい!」


 リタは頬を紅潮させながら頷く。

 そして、キャンプファイヤーの前に。


「勇者村の司祭代理のリタと言います!」


 突然現れた美少女は誰であろう、と注目する一同は、勇者村の司祭代理だという宣言に、ほおーっと感心の声を漏らした。

 手前村から来た、リタと同じ孤児院の子どもたちが、「リタ姉ちゃんが司祭様だって!」「すげえー」「きれいー」とはしゃいでいる。

 孤児院を運営していた司祭と、助手の青年も嬉しそうだ。


「明日は、勇者村のお祭りです! 皆さん、楽しんでいってください! これから前夜祭が行われます。勇者村で作られたお酒も振る舞われますから、ここで盛り上がって、その盛り上がりを明日にも持っていきましょう!」


 わーっと沸く一同。

 リタはこの様子を見て顔を真赤にしながら、ちょっと微笑んでいた。

 そして、早足でこっちに戻ってくる。


「きき、緊張しました! でもみんな喜んでくれて良かった!」


「だろうだろう。立派だったぞ! さてリタ。お前さんは前夜祭で楽しんだら、明日に備えて寝ないとな」


「はい! あの、久しぶりに孤児院のみんなと会ってきていいですか」


「もちろん!」


「ありがとうございます!」


 リタがぴょんと飛び上がって喜びを表現する。

 いつもは大人びた彼女が、子どもらしいところを見せるのは珍しい。

 大変微笑ましい。


 さて、俺は貴族たちからの挨拶を次々にいなす仕事につかねばな……!



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