第249話 農協、異世界に来たる

 農協とは!

 農業協賛組合の略で、もともとは農家の集まりだったのが組織化して全国に広まったやつだ。

 農家の人たちの商品を卸したり、小売との値段交渉をしたりするぞ。


 農協を通して、農薬や農具や農業機械も買えるのだ。

 うちの父は農協の職員だな。

 そしてパワースも、既に農協の職員として内定しているらしい。


 父いわく、


「日本語ペラペラで理性的で、しかももうすぐこっちの国籍取るのが確定してて、背が高くて顔がいいだろ? 面接をした課長がメロメロになってな」


「なんだって」


 世の中顔か!!!

 まあ、なんか実家の周辺の連中は外国の人に弱いからな……。

 それが日本語ペラペラで農業への理解とか語ったので、コロッと落ちてしまったのだろう。


 気持ちは分かる。


「ということでショート。農協から連れてきた」


「なんだって」


 市郎氏だけではなく、数人の職員が後に続いている。

 彼らは一様に目を丸くしており、現状が認識できていないようだ。


 カジュアルに世界間の壁が突破されるようになってきたな。


「皆さん、俺が案内します。こっちです」


 パワースが手を振ると、職員一同はホッとした顔になってついていく。

 大昔の日本の観光客のようである。

 ガイドさんに続いて、カルガモの親子のようにぞろぞろ続く。


 彼らが何をするかと言うと、祭りの準備である。

 職員の中に、何やら偉そうな人が混じっていて、異世界と現実世界のリアリティの差にショックを受けて真っ青になっていた。


 だが、父の顔を見ると笑顔になって駆け寄ってきて、俺を見てハッとした。


「あなたが噂の勇者村の村長さん……! 農協の東北部の本部長をしております阿原と言います。どうぞよろしくお願いします……」


「おうおう」


 握手した。

 阿原氏、明らかに見た目が若造な俺を見ても腰が低いのだが、彼曰く、その人が持っている威厳のオーラみたいなのがなんとなく分かるのだそうだ。

 もしかしてこの阿原氏の特殊能力だったりしない?


 彼が来たというのは、今回のお祭りに農協が協賛するのが、組織全体の意思である事を現している。

 だが、異世界に地球の品種を持ち込むことによる環境破壊なども心配なため、あくまで売り物を持ち込むに限るそうだ。


 阿原氏と今後について協議していると、向こうでわあーっと悲鳴が聞こえた。

 なんだなんだ。


 見に行ってみると、祭り準備会の建築部門の長である鍛冶神が出てきて、農協職員たちがパニックに陥っているところだった。

 そりゃあ、体が透けてて体内に剣が見えて、ピカピカ光る神々しい大男が現れたら驚くよな。


「みんな落ち着いてください! この方は鍛冶神様です。良い神様です」


『うむ、落ち着くが良い、異世界の人間たちよ。神が今から、作業の指示を出す……』


 凄いことになっとるな。


「あ、あの、ショートさん。あの方は神様って言ってますけど」


 阿原氏が汗をフキフキ尋ねてくる。


「おう、神様だ。一応失礼の無いようにな。日本から来ると想像できんだろうが、あの神一人で欧州の中堅クラスの国家が擁する軍隊と互角だからな」


「ヒェー」


 阿原氏が真っ青になった。

 ちなみに一人、平然としているのが市郎氏。


 彼はもう勇者村の面々とそれなりに打ち解けている。

 この数日間、勇者村に出張の形で滞在しており、図書館で寝泊まりしているのだ。


 毎晩、酒盛りに付き合ってもいるしな。

 市郎氏はなかなかの酒豪である。


 他の地球人と比べても、異世界適性が高い気がする。


 その後、村の代表として阿原氏と今後の相談をする。


「今年はうちがお試しという形で参加させてもらうのですが、徐々に規模を大きくして地元の農家も参加できるようにしていきたいと考えております」


「世界をまたいで農家が来るのか? だがそれには問題がある。地球の品種がこちらに根付くとは限らないし、お互いに頻繁な行き来をすることで未知の病を広げてしまう可能性がある。大々的に広報するイベントにするのは、勇者村にとってメリットが無いな」


「むむ……。確かに生産調整用の野菜を放出できるのは助かるのですが、こちらも営利目的でやってますからね。何かしら持って帰らないと……」


 俺としては別に、農協そのものが来るのは歓迎しているわけではないのだ。

 なんか父がノリで連れてきたっぽいから相手をしてるわけで。


「俺が向こうに行って話をつけてもいいが、モンスターやら魔王やらが出る世界で、安定した資本主義は難しいんじゃないか? 資本による介入が、個人の武力で粉砕される世界だぞ」


「そんな、またまた」


「例えばここにトリマルがいてな」


「ホロホロ」


 ちょうどトリマルが散歩してきていたので、抱き上げた。

 ふっかふかだ。


「緑色の鳥! 珍しいですな。アヒルのようなものですか」


「そんなもんだ。だが、こいつは俺の祝福を受けて生まれた結果、単騎戦力としてはこの世界でも五指に入る。具体的には、そろそろ、トリマル一羽で地球の全戦力を相手にして勝てる」


「は?」


 阿原氏が理解できない、という顔をした。

 なので、トリマルにホロロッ砲をぶっ放してもらうことにした。


 頭上に向けて、撃ち始めは細く……そして先端で力を開放するように。


「ホロ~、ホロローッ!」


 トリマルの口から、ビームがぶっ放された。

 それは天空に到達すると、一気に拡散して太陽が二つになったような明るさになる。

 一瞬遅れて、轟音が鳴り響いた。


「ウグワー!」


 阿原氏が腰を抜かしてへたり込んだ。

 トリマルがちょこんと地面に降りると、ホロホロ言いながら虫をつつき始める。

 エネルギーを使って腹が減ったか。


「あの一発で、最大威力の台風がぶつかったくらいのパワーがある。地上にある全核兵器よりも強い」


「あわわわわ」


「こういうのがたくさんいる世界だ」


「あわわわわ」


 理解していただけたようだ。

 地球人が過ごすには、かなり危険な世界である。

 個人ならいい。

 だが、組織が過ごすとなると危険度が跳ね上がる。


 農協とは、お祭りの時だけの付き合いにするとしよう。

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