第248話 見たこと無いのがいるぞ

 王都での貴族たちとのやり取りを終えて、勇者村に帰還する。

 すると、カトリナがマドカのほっぺをむにむにしているところだった。

 なんだなんだ。


「マドカのほっぺは柔らかいなー。いつまでもむにむにできちゃう」


「おかたんのほっぺ!」


 おっ、マドカからのむにむに返しだ!

 俺はニコニコしながらその光景を見ていた。


 しばらくして、マドカがハッと俺に気付く。


「おとたん!」


「きゃっ! ショートったらいつの間に戻ってきたのー。言ってよー」


 恥ずかしいところを見られてしまった、と赤くなるカトリナ。

 うちの奥さんは可愛いな……!


 よくよく見ると、マドカの髪型がちょんまげになっている。

 髪をいじっているうちに、ほっぺたむにむに大会になっていたらしい。


「よーしマドカ、お父さんが抱っこしてあげよう」


「んー」


 マドカは俺とカトリナを交互に見た後、「おかたんと!」とカトリナにくっついた。


「あっ」


「むふふふふ、今日のマドカは私のものだよー」


「なんて羨ましい……」


 そんな日もあろう。

 俺たちの様子を、村の仲間たちが微笑ましげに見ている。

 基本的に、勇者村はオープンだ。


 プライバシーというものがあまり無いし、何かあれば噂は一瞬で村中に広まる。

 だがその代わり、みんながみんなのことを知っているので、育児や家事なんかは村人たちの共同作業なのだ。

 たまにやって来る母は、この環境を羨ましい羨ましいと言うのである。


「プライバシーは大事だけどねえ。だけど、よくよく考えたら、自分たちのそういうのを守るかわりに何もかも自分でやらなきゃいけなくなって大変なのと、プライバシーが無い代わりになんでもみんなでやれて、負担が少ないのはどっちがいいのかってねえ」


「哲学的な問いだ。……というか噂をしてたら現れたな!!」


 いつの間にか母がいるではないか!

 そして横に、見たことが無いやつを連れている。


 メガネを掛けたひょろっとした男だ。

 彼は呆然としながら勇者村を見回している。


「おい母。その男はなんだ。なんか、農協って書かれてる上着を身につけてるけど」


「今度、翔人のとこでお祭りをやるんでしょ? パワースくんがね、それじゃあこっちの農協も協賛しましょうよって言ってくれてそう言う事になったのよ」


「フランクに地球の農協が異世界に進出してきたなあ!」


 実際は、畑で余った作物などがあって、価格調整のために潰すよりはこっちで消費してしまおうという話らしい。

 パワースが、作物を潰すという話を聞いてもったいなく思い、今回の提案をすることになったのだそうだ。


 農協の人は、城山市郎と言う名前で、中間管理職に当たるらしい。

 色々な農協内のパワーバランス調整が行われ、彼に白羽の矢が立ったということだ。


 市郎氏がスマホであちこちの写真を撮ろうとしている。

 そして、「あれ、動かない」と呟いた。


「ああ。地球とこっちじゃ、世界法則が違うんだ。こちらでは、複雑な機械は動かない。俺の加護が無いと無理だな」


 うちの家族は、俺の加護があるのでこっちの世界でもスマホでパシャパシャやっている。


「世界法則……ですか。まるでラノベですなあ……」


 市郎氏がほえー、と感心したように呟いた。


「ラノベとか読むの?」


「読みますよ。電子書籍ですけど」


「ほえー。俺がこっち来た頃は、まだ地球だと電子書籍は下火だった気がする」


「隔世の感がありますよねえ」


 市郎氏と昨今のラノベ事情についてなどを語り合っていると、母が「異世界に行っても変わらないのねえ」などと言ってきた。

 この五年くらいラノベを読んでいないから、俺は流行から取り残されているがな。


 とにかく、農協からやって来た市郎氏は話のわかる男であると判明した。

 これは色々な仕事を頼めるかも知れない。


「ねえねえ」


 マドカを抱っこしたまま、カトリナが寄ってきた。


「あなた、独身?」


「は、はあ」


 本来ならば異世界なので、言葉が通じないはずである。

 だが、勇者村にいると、自動的に言語が翻訳されるようになっている。

 どんどんおかしな土地になっていくな、勇者村。


 ということで、カトリナと市郎氏は完全に意思疎通ができている。


「独身かあー。そっかー」


 ウンウン、と頷くカトリナ。


「ねえあなた、勇者村に移住なさいな」


「は!?」


「見たところショートよりも年上みたいだし、お一人でいるっていう主義じゃないなら、色々お世話するよ!」


「え、あ、はあ」


 カトリナがにガンガン押されて、たじたじの市郎氏。

 異世界に来たと言うのに、そこまで動じていなかったり、ラノベ事情に詳しかったりする辺り、この男は異世界向きではないか。


「市郎氏、こっちの世界はな、ラノベもアニメもマンガも無くなるが、また別の楽しさがあるぞ……」


「むむむ」


「ショート! 農協の人を引き抜こうとしないで! カトリナちゃんも!」


 母が流石に注意してきた。

 わはは、いきなり引き抜くのはやっぱりダメか。


 しかし、地球の人間をこっちに連れ込んで村の規模を拡大するという手が使えるのはいいな。

 ちなみに、俺は異世界召喚をされた際にレベルとレベル上限突破条件が見えるという能力を得た。

 ワールディアに来る手段が異世界召喚ではなく、イセカイマタニカケを用いた世界間移動だと、そういう能力を得るような効果は無いようだ。


 うちの両親とか海乃莉は普通の人間だしな。

 市郎氏も普通であることは確かだろう。


 そして今回の一件から分かったのは、どうやら我が実家のPCから勇者村に来られるということが、地球の実家から農協辺りでは知られ始めているということである。

 あまりこの話が広まり過ぎないよう、対策も考えねばな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る