第242話 よう、伯爵!

 翌日である。

 カイゼルバーン伯爵の一行が帰ってきたらしいことを確認して、カールくんとともに移動した。

 シャルロッテが心配そうだったが、大丈夫、俺に任せてもらいたい。


「ちちうえとあうんですね!」


「うむ、そういうことになる」


 カールくんとお喋りしながら、シュンッで伯爵領に出てくると、偉そうなヒゲが「うわーっ、またきたあ」と悲鳴をあげた。

 なんだ、まるで厄介者でも現れたみたいな言い方をしやがって。


 そして今まさに、カイゼルバーン伯爵一行が領都に到着し、武装を解いているところであった。

 その最前列に俺とカールくんが出現したので、騎士や兵士たちが目を剥いて硬直する。


「えっ!? カール様!?」


「カール殿下がどうして……!」


「横のなんか色々達観した目の男は何者だ?」


 ざわめきが広がっていく。

 ちなみに、俺とカールくんの後ろで、伯爵はあまりにビックリして尻もちをついているところだった。


「うわーっ、な、なんだお前たちー!」


 カイゼルバーン伯爵は、その名の通りのカイゼル髭に、そこそこガッチリした体格の男だ。

 年齢は俺より幾らか上で、まだ三十になってないんじゃないか?


「ちちうえ!!」


 カールくんが振り返った。

 伯爵、ハッとする。


「カ……カールか……? お前、どうやってここに……」


「ししょうにつれてきてもらいました! ししょうは、ショートさんです!」


「ショート……? ま、まさか、勇者ショートか!? ハジメーノ王国の守護神、戦を許さない平和を強制してくる絶対暴力、勇者ショートだというのか!」


「俺を語る文句がとんでもねえことになってるな……!」


 俺はいっそ感心してしまった。

 そこで伯爵、自分がしりもちをついていることに気付いたようだ。

 慌てて起き上がる。


「カール。お前にはまだ難しいかもしれないが、お前がここにいることで、不幸になる者が出るのだ。人々は争うようになり、カイゼルバーンの土地は荒れ果ててしまうだろう……」


「うっ。わ、わかってますちちうえ……」


 カールくん、拳をぎゅっと握りしめている。

 ぷるぷる震えているな。

 お父さんに、少しでも歓迎して欲しかったのだろう。


 俺はスススっと伯爵の横まで移動した。

 勇者としての体術を駆使すれば、体幹を全くぶらさない状態で高速での移動が可能となるのだ。


「父親として息子に掛ける言葉というものがあるのではないか?」


「ぐっ、勇者ショート! 俺を脅迫するつもりか!」


「おたくはカールくんが領地を揺るがす争乱の種になって帰ってきたのかと思っているだろうが、違うぞ。俺たちは日帰りなのですぐ帰る。カールくんは俺の弟子だし、もう表側の権力には関わらない」


「なん……だと……!?」


「元勇者にして、勇者村村長のショートが保証しよう。さあ、父親として息子に声をかけるのだ。領主としての立場以外に言うべきことがあるだろう」


「う……うむ」


 ここで、伯爵の目が優しいものになった。


「カール。見違えたぞ。たくましく育ったな……」


 伯爵は膝を折り、カールくんと目線を合わせた。

 そして彼の肩に手を置く。


 カールくんは一瞬、びっくりしたような目をしていたが、すぐにだーっと目と同じ幅の涙を流し始めた。


「ぢ、ぢぢうえー!! ぼく、がんばりまじだー!」


 伯爵に抱きつくカールくん。

 この感動的な光景に、騎士たちや兵士たちもウルッと来ている。

 分かる、分かるぞ。


 しばらく場が落ち着くまで待つ俺。

 俺は空気が読める男なのだ。


 そうしたら、ちっちゃい子をベビーカーに乗せ、そのベビーカーをメイドに押させた貴婦人がやって来た。

 ははあ、あれが正妻だな。


 彼女はカールくんを見ると、眉を吊り上げた。


「ど、どうしてあなたがここに……」


「その展開はさっきやったぞ」


 俺はスススっと動いて正妻の前に出て、言葉をキャンセルさせた。


「ヒェッ」


 貴婦人が目を見開いて口をパクパクさせる。

 めちゃくちゃ驚いている。

 慌てて護衛の兵士が飛び出してきた。


「そのちっちゃいのが次の伯爵になるのだな? それは邪魔しないから今は放っておくように。よろしい?」


 飛びかかってきた兵士を念動魔法で宙に釘付けにしつつ、正妻殿に語りかける。

 彼女は恐ろしいものでも見るような目をしながら、コクコクと頷いた。


「では伯爵、本題に入ろう」


 俺はカイゼルバーン伯爵へ語りかける。

 伯爵、緊張の面持ちである。


「あの勇者ショートが、カール様の師となり直接ここにやって来たとは……」


「なんという運命のいたずらか。やはりカール様には才能がおありになったのだ」


「まさか勇者ショートは、正統なる伯爵領の後継者を指名しに……?」


 騎士や兵士がざわざわしている。

 だが、俺がやって来た理由は違うぞ。


 なので、さっさと本題を片付けることにする。


「伯爵。シャルロッテさんと伯爵ってもう離縁してるわけ? あの人は基本的に関係ない方向でよろしい?」


「へ?」


 伯爵がポカーンとした。

 想像もしていなかった話をされて、頭が真っ白になったらしい。


「シャルロッテさんは今、勇者村で農業をしていてな……。カールくんもこうして立派になってきたところだし、そろそろ縁談をと言う話にな、うちの奥さんがな、しているのだ。そこで、まだ伯爵と繋がってたら色々問題だろうが」


「な、なるほど。それが勇者ショートがここにやって来た理由か……」


 納得する伯爵。

 彼は、正妻殿をちらりと見た後、頷いた。


「俺とシャルロッテの関係は、今はもうない。勝手な言い分とは思うが、伯爵領を存続させるための決断だ。シャルロッテが遠い地で幸せになるのなら、俺はそれを祝福する」


「おう。シャルロッテさんは自由な。ありがとう」


 確認を終えた俺。

 カールくんの手を引いて、伯爵領を発つことにした。


「では、ちちうえ、おたっしゃで! ぼくはまだまだ、どんどんつよくなりますから!」


「ああ、カール! 元気でな!」


 父子の別れである。

 その後、へなへなと崩れ落ちる正妻殿に駆け寄る伯爵とか、びええええん、と泣きだした跡継ぎの伯爵とかを見つつ、俺たちは飛び去っていくのだった。


 なぜか、俺に念動魔法を掛けられた兵士たちが嬉しげであった。


「やっべー。あの勇者ショートに直接魔法かけてもらっちゃったよ」


「すごかったー。こりゃあ末代までの自慢になるわー」


 そんな事が自慢になるのか!

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