第241話 伯爵領の事情
俺が降り立ち、次にカールくんがふわりと降り立った。
周囲の人々が、ざわざわする。
「坊っちゃんが飛んでたぞ」
「魔法だ」
「やっぱり坊っちゃんは才能があったんだなあ」
ほうほう、カールくんは次期領主としても、個人としても才覚があるとみんな見てたわけだな。
分かる。
利発で飲み込みが良くて、しかもレアな俺と同じ才能を持っている子だからな。
「みんな、ひさしぶり!」
カールくんが手を振ると、民衆がわっと沸いた。
そして彼と年が近いくらいのちっちゃいレディたちが、「カールさまかっこいー!」「すてきー!」「けっこんしてー!」と叫ぶ。
すごい人気だ。モテモテだ。
そして苦虫を噛み潰した顔の偉そうな人。
俺をじろりと一瞥した。
「お前か、この方を連れてきたのは。余計なことをしおって。今がどういう時期か分かっておるまい。伯爵領を二つに割るような真似をお前はやったのだ」
「そんなことはどうでもいいので、伯爵に会いに来たぞ。館にいる?」
「ど、どうでもいいだと!?」
ヒゲの偉そうな人が怒る。
「そう。どうでもいい。それはそっちの事情だ。そして俺はこちらの事情を果たしに来たのだ。安心しろ。伯爵領をどうこうしようというつもりはないし、カールくんも俺と一緒に去るぞ」
「なん……だと……!? カール様をくん付けするお前は一体……」
すると、騎士たちの中でハッとする奴がいて、俺を指差して叫ぶ。
「黒髪でなんか世の中の全てを分かったような目をしてて、あまり背が高くなくてセントラル帝国人っぽくてどんな相手でもタメ口!! こ、この男は……いや、このお方は、勇者ショート様です!!」
「な、なにぃーっ!? ショート様だってーっ!?」
ヒゲの顔がひきつった。
「そこまで驚くことか?」
「おどろくことですよ、ししょう!!」
カールくんが強い口調で訴える。
「ええ、カール様の仰るとおりです! 解説しましょう!」
「ヨハンセン!」
俺が何者であるか看破した騎士が前に出てきて、解説を始めた。
体格のいい、髭面の騎士だ。
カールくんと仲が良かったみたいだな?
「勇者ショート様は、世界を滅ぼさんとしていたかの大魔王マドレノースを倒した救世主であり、同時にありとあらゆる武と魔法の頂点に立つお方! その強さにおいて、世に並ぶ者なし! もしや……カール様、かの大英雄に師事なさっておられる……?」
「ああそうだ! ぼくはししょうのでしだよ、ヨハンセン!」
「すごい!!」
ヒゲの騎士が感激した。
周囲の騎士や兵士からも「オー」「すごい」「尊敬する」とか声が漏れる。
だが、これを偉そうな方のヒゲはよく思わなかったらしい。
「な、何が勇者だ! それとこれとは別だ! カール様が戻ってくることで、次の伯爵を周る議論が起こってしまう! まだまだ民はカール様の事を忘れておらんのだ!」
「そりゃあそうだろう。カールくんがシャルロッテさんと一緒に追放されてから、まだ半年くらいだろ? 今でもこんなに慕われてるのに、この人たちが忘れるわけないじゃないか」
「それ故だ! どうして戻って来られたのだ!」
「そりゃあお前、シャルロッテさんにうちの村で縁談を持ちかけようって動きがあってな」
「は!?」
偉そうヒゲがポカンとした。
「シャルロッテさんさ、カイゼルバーン伯爵と正式に離婚してる? それだけ本人に確認に来た」
「な……なんだってーっ!?」
偉そうヒゲの絶叫が響き渡るのだった。
ちなみに。
折り悪く伯爵は外遊のため不在。
明日には帰ると言うので、俺はコルセンターで外泊の旨を、勇者村に伝えるのだった。
「おとたん、おそと?」
「そうだぞマドカー」
「まおもいくー」
「そうかそうか」
ということでマドカをお取り寄せして、カイゼルバーン伯爵領で遊ばせることにした。
サーラは知らないところが怖いらしいので、来ないのだそうだ。
マドカと手をつなぎ、カールくんに案内してもらいながら領内を巡ることにする。
どこに行っても、カールくんは大歓迎されている。
「おやまあ、カール坊ちゃま!」
「カール様、帰ってきたんだね!」
カールくんは彼らに、手を振って答えるわけである。
「かえってきたんじゃないけど、みんなにあいにきた」
そう言うと、臣民は目をうるませて感動するわけだ。
うおー、人の心というものを分かってるなあ。
カイゼルバーン伯爵、正妻の人の圧力に負けてカールくんを追い出したのだろうけど、それは失敗だったかも知れんな。
人の上に立つ者に、それなりの器は必要なものだ。
カールくんの弟はまだ赤ちゃんらしいからどうかは分からないが、カールくんは間違いなく器がある。
それもでかい器だ。
もったいないことをしたなあ。
カールくんが領民たちと交流しているのを、偉そうなヒゲはまた苦虫を噛み潰した顔で見ていた。
「何がそんなに面白くないのよ」
俺は直接聞いてみる。
すると彼は、もろに聞かれたのがかなり驚愕だったらしくて、目を見開いてしばらく停止した。
その後、渋々口を開く。
「カール様が帰って来られることで、奥様が不機嫌になるのだ。刺客が放たれるぞ。追放したカール様にわざわざ追手を差し向けるような方なのだ……」
「ははあ、あの刺客はカイゼルバーン夫人のものだったか。うちの鳥が撃退していから大した者ではなかっただろうが」
「なにっ!? 勇者ショートが撃退したのではない……!? 領内でも腕利きの野伏を雇ったというのに」
刺客は、ウグワーとか言いながらトリマルに吹き飛ばされていた気がする。
さて、夕食の時間になったので、俺はカイゼルバーン伯爵領にセーブポイントを設けた。
これでいつでも瞬間移動してこれる。
外泊するつもりだったが、マドカがいる以上、帰ったほうが良かろうな。
「よーし、カールくん、マドカ、飯を食いに戻るか!」
「はい!」
「ごはん!」
こうして俺たちは、カイゼルバーン領の領民たちの目の前で、瞬間移動して帰還したのである。
また明日来るぞ。
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