第236話 虎人と肉のはなし
「人間の女が一人でイノシシを解体するだと……!?」
フーはまだ衝撃を受けているな。
「普通だろ」
「いやいや。ドンドン村では、ああいうのは男たちの仕事だった。それにしたって、何人もで取り掛かってたんだ。だけどあいつは一人でやると言ってる。本当にやれるのか!?」
彼の疑問に、ピアの師匠であるブルストが答える。
「ピアならやれる。いつもやっているからな。もっと小さい子どものうちからやっていたぞ」
「なにーっ!?」
よく驚くやつだなあ。
そしてフーが見つめる先で、ピアが豪快かつ見事な手際でイノシシを解体していく。
毛皮を剥いで、肉と内臓と骨を分け……。
内臓はアキムがそそくさと壺に詰めて持っていく。
これは川で洗って、内容物を出したら、刻んで甘辛く煮たりして酒のつまみにするのだ。
骨は加工して子どもたちのおもちゃにしたりする。
毛皮はきちんとなめして、手前村で物々交換の材料に使う。
肉は今日食べるぶんと、保存食に加工するぶんを分ける。
素晴らしい速度で、ピアの作業が終わった。
「おお……」
フーが感嘆の声を漏らす。
そしてピアに歩み寄っていった。
「おい、お前!」
「ん? なにー?」
汗だくになったピアが顔を上げる。
すると、フーは彼女と同じ頭の高さまでしゃがみこんでから、こう言った。
「俺の子を産んでくれ!!」
「!?」
この時、勇者村に衝撃が走る────!!
ちなみに奥様方は、この突然のプロポーズに、きゃーっと沸く。
降って湧いた突然の恋バナ。これはエンターテイメントである。
「ほえ?」
「いかん、ピアが何も理解してないぞ」
俺はフォローに走った。
師匠であるブルストもだ。
「フー、落ち着け。まだピアは未成年でな……」
「なにっ!? こんなに背丈があるのにか!」
ブルストが補足する。
「ピアはめちゃくちゃに食うんだ。だから体は大きくなった。しかし、見ての通り、お前さんが何を言ったかピアはよく分かっていない。つまり、その辺りからきちんと教えていかねえといけねえわけだ。分かるだろ?」
「うむ……。俺も文明的な虎人だ。それはよく分かる」
フーが神妙な顔で頷いた。
「お肉料理する?」
ピアは何も理解していない顔である。
これは本当に分かってないな。
食欲しか頭の中に無いのではないか。
すぐに奥様たちがやって来て、ピアに「やるわねー」とか「でも相手のことをちゃんと知らないとねー」とか言いながら、お肉と一緒に彼女を連れて行ってしまった。
「……そのへんの教育はあいつらがやってくれるだろ。おい、虎人のフーとやら。とりあえず突然プロポーズしたことについては、別に問題はねえ」
ブルスト、語る……!
そう言えば、俺がカトリナと一線越えた時も、実に落ち着いた感じで受け入れてくれたもんな。
器の大きい男だ。
「成人まで待て。あと一年だ。それから、ピアの気持ちもあるからな」
ピアがヒトに興味を抱くようになってくれれば……!!
フーは重々しく頷いた。
「おう。俺も進歩的な虎人だ。待ってやるさ」
やたらと文明的とか進歩的とか強調するな。
「勇者様、息子は虎人ということで、人を食うのではないかと恐れられた経験があってですな」
「ははあ、肉食獣系の獣人だもんなあ……」
そういう意味では、虎人で良かった。
草食獣系の獣人だと、ピアが食材と勘違いしてしまうかも知れない。
正しい意味で肉食系女子だからな、あの子は。
しばらくすると、台所から猛烈に美味そうな匂いが漂ってきた。
捌きたての肉を、新鮮なまま料理する。
ちょっと寝かせて熟成させてもいいんだが、捌きたては捌きたてでめちゃくちゃに美味いんだよな。
「くう、まさか焼きたての肉を食える機会があるなんて……!」
虎人の父親のグーが、よだれを抑えきれない様子である。
フーも目が血走っている。
「肉……肉……!」
凄く肉食獣っぽい。
文明的な虎人……?
肉食獣系の村人は初めてだから、かなり新鮮だな!
その後、焼かれた肉の山と、パン盛り合わせが出てきた。
グーが畑からキャベツを持ってきたので、これをザクザクと刻んで付け合せにする。
「うおおおおお新鮮なキャベツだああああ」
「ショートさんのテンションが上ってる!」
「なんでこんな葉っぱでテンションが上ってるんだ……」
フックとアキムが俺を見て首を傾げている。
君たちにはまだわかるまい。
葉物野菜があるということは、無限の可能性が生まれたということなのだよ!
サラダにしてよし、炒めてよし、蒸してよし、漬物にしてよし……。
今から楽しみである。
虎人たちは、雄叫びをあげながら肉にかぶりつく。
じっとそれを見ていた、ビンやマドカやサーラ。
真似をして「わおー」「おーん!」とか叫んでから肉を食べ始めた。
それは別に作法ではないぞ……!
それはそれとして、俺もキャベツが嬉しいので、パンを切断してキャベツと肉を挟んでガツガツ食う。
溢れ出る肉汁!
しゃきしゃきした歯ごたえ!
炭水化物!!
「うまいうまい」
「その食べ方美味しそう!! 私もやる!」
カトリナがすぐに食いついてきて、俺の真似をして食べ始めた。
「その食べ方美味しそう! うちもやる!!」
ピアが真似をして食べ始める。
この娘、完全に食欲に意識を支配されていて、さっき蛮族めいたプロポーズをされたことを完全に忘れているな……!?
まあいい。
今は肉だ!
惚れた腫れただのの騒ぎは、腹が膨れてから考えればいいのだ……!
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