第235話 虎の親子がやって来た
ふわふわと半日ほども空を飛ぶと、虎人の親子も慣れてきたようで、くつろぎ始めた。
虎人の父親はグーといい、もともとは魔王大戦にて、前線で戦っていた傭兵だったそうだ。
だが、仕事がなくなり、チンゲンサイとキャベツを育てるようになったとか。
息子のフーも一緒に傭兵をしていたそうで、現実を知る二人である。
しかし、そういう戦場帰りで精神的に参っている者たちを食い物にするのが、カルトみたいなところはある。
よくぞドンドンの教えに染まらなかったものだ。
これについて、二人に聞いてみた。
「虎人はリアリストなんですよ。なので、物語を作ったりする才能が全くない種族でして」
グーから種族的特徴だよ、と言う説明をされた。
だから、現世の利益は信じられるけど、来世の利益みたいな話をされても信じられないのだ。
なるほどなあ。
地に足のついた種族なのだ。
獣人たちにおける信仰とは、先祖の霊に捧げるものである。
先祖が積み重ねてきた知識と経験、そして歴史に敬意を表して敬い、崇める。
死んだ獣人もまた、次の世代の獣人たちによって大切に祀られるのを知っているから、次代に知識や経験を伝えようということになる。
突然空からやって来て、我は神なり、なんてのを信じられるタイプではないのだ。
いや、本当に空からやって来て神みたいなことをしたら信じるしかないそうだが。
つまり俺だ。
「すげえもんだなあ……。世界はこんなに広かったんだな。俺はセントラル帝国から出たことは一度も無かったけどよ。あの国の外に、こんなでかい山があって、雪があって、川があって、見たこともない形の家があって……。すげえなあ」
フーは感動している。
あのままドンドン村にいたら、一生知ることが無かったであろう光景だからな。
「勇者様、いや、村長、私はあなたに感謝しとります。このまま私が死んだら、フーは一人きりになるところだった。それは寂しい。みんな何らかの形で、誰かと繋がってないといかんのですよ。勇者村で、息子はその繋がりを見つけられることでしょう」
「おう。俺としてもそういう意図があって作った場所だからな。世界の全員は受け入れられないが、俺の目についたちょっぴりのやつを助けられるような場所になってる」
俺自身がはみ出しものみたいなものだったからな。
つまり勇者村とは、カトリナとブルストから始まったのだ。
日暮れ前くらいに、やっとハジメーノ王国が見えてきた。
のんびり飛んでいたからな。
「植物の生え方が帝国と違うな。もっと雨が少ないところか? 野菜が育つかな……」
「心配しなくていいぞフー。村には水路が引かれてるから、乾季でも水には困らない」
川の上流は謎の熱帯雨林だしな。
水が枯れることはない。
こうして、虎人の親子は勇者村に到着した。
空き地に畑ごと着地して、地面に定着させる。
仕事を終えてのんびりしていた村人たちが、わいわいとやって来た。
基本的にはみんな、珍しいことがあると見物に来るのである。
「ショートさん、その人たちが新しい村人かい?」
最初に質問してきたのはフックだ。
「うむ。虎人の親子で、グーとフーだ。なんと、葉物野菜を育てるのを専門にしている」
おー、とどよめく勇者村一同。
そして、次には拍手に変わった。
「なんだなんだ!?」
フーが戸惑っている。
「みんな君らを歓迎してるんだ。葉物野菜を育てるエキスパートは今までいなかったからな。漬物を手前村で買うくらいだった。それがやっと、勇者村で自給できるようになるわけだ。二人とも、期待されてるぞ」
「期待されているとなると、嬉しくなりますな。皆様、よろしくお願いします」
グーが頭を下げた。
フーも慌ててあとに続く。
あちこちから、「よろしくー」「みんないい人だよ」「仲良くやっていこう」と声が掛かる。
フーは顔を上げた後、周囲を見回して、
「人間が多いな。だが、ミノタウロスにオーガもいる。不思議なところだ」
「うむ。ちなみに俺の奥さんもオーガだ」
「なんだって!? 勇者の嫁がオーガなのか!?」
知らんかったのか。
ドンドン村までは俺の噂はあまり伝わっていなかったらしい。
ちなみに人間に見えていても、あそこにいるシルクハットの紳士は魔本だし、あそこの光ってるやつは鍛冶神だからな。
魔本や神が野次馬でやって来るというのも凄い。
そして、人波の中からカエルの人が現れたので、フーが目を見開いた。
「やあやあ、素晴らしい。葉物野菜がやって来たということは、あらたな肥料のオーダーをせねばなりませんね。これは腕が鳴るというものです」
クロクローと喉を鳴らす、勇者村が誇る畑の大賢者クロロック。
「カエルがいる……」
「うちの村の重鎮だぞ。凄い男なんだからな」
「勇者にそう言わせるほどのカエルかよ……」
そう言わせるほどのカエルなのだ。
「さすがはショート、仕事が早いな」
ブルストが腕組みをして頷いている。
「ってことで、俺の方でも新しい村人を歓迎するための食材を用意しておいたぜ」
「なにっ」
「こいつだ!」
ブルストが指し示した方向には、狩られたイノシシがいる。
その前で、鉈やナイフを装備したピアが立っていた。
「新しい村人を歓迎しまーす!」
「なんだ、あの人間の娘は」
フーが訝しがる。
ふふふ、あれはただの村娘ではない。
すぐにそれは分かることだろう。
そして俺の思惑通り、ピアの放った宣言が、フーを仰天させるのだった。
「これから、うちがイノシシを解体して、新しい村人さんにごちそうします!!」
「な、なにぃーっ!!」
よく驚く男だなあ。
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