第234話 ドンドンはいい、野菜農家をよこせ

 俺は逃げ出したドンドンとやらを探す。

 雨雲を魔法結界にするだけの魔力を持った奴だ。

 すぐに見つかるに違いない。


 魔力探知の魔法を使って、この周辺数キロを探ってみた。

 いた。

 すぐ見つかった。


 俺の探知圏内から、猛スピードで移動しながら逃れようとしているな。


「逃さんぞ!」


 俺は走り出した。

 とりあえず村から抜け出したところで、バビュンを使用する。

 俺の速度が跳ね上がった。


 このままではソニックブームで、地上にあるあらゆるものを吹き飛ばす可能性があるので、跳躍する。

 超音速の跳躍だ。

 地上をちょっと削るが仕方ない。


 ひと跳びで、俺はドンドンの真後ろに到達した。


「うわーっ!? き、貴様、何者だー!!」


 そこにいたのは、金色に染めた衣を纏ったおっさんだった。

 なるほど、おっさんからなかなか凄い魔力を感じる。

 魔将クラスだな。


「俺は元勇者であり、今は勇者村の村長であるショートだ」


「お、お前が勇者か!!」


 おっさんことドンドンが、目を見開く。


「わしの結界を力づくで叩き割るパワー! まさしく、かのお方が仰られていた世界のバランスを崩す存在!! ぬぐぐ、わしの力が育ち切る前に出会ってしまうとは!」


「かのお方って何よ」


 引っかかる単語があったので尋ねてみるが、もちろん答えが返ってこない。

 ドンドンは凄い目つきで睨んでくるばかりだ。


 どうも、また何者かがワールディアに目をつけたのではないか、と言う疑惑が俺の中で浮かび上がる。

 魔王みたいなやつかな?

 しかし、マドレノースやアセロリオンと違って、現地人に力を与えて改革を成させようみたいなことを考えてるっぽい。


 神様ムーブだな。

 なんだろう。


「とりあえずドンドン。お前がやろうとしていることは普通に迷惑なのでやめなさい」


「なんだと!? わしはあのお方に教えられて目覚めたのだ! 世の中は間違っている! 既存の権力を廃して、わしが新たな秩序を築かねばならんのだ!」


「そうか。しかしお前の配下はあちこちで暴れてるじゃないか」


「世界が生まれ変わる時には混乱が起きるものだ! 必要な犠牲だ!」


「まずな、魔王を倒した時点で世界は生まれ変わってるわけだ。そこのところ、俺とお前の見解の相違な。お前が世界が変わってないって思うのは、魔王大戦と直に触れてないからだろ。お前、大戦中どこにいた? 村か? 最前線にいた?」


「ぬ、ぐぐぐ、口先でわしを籠絡しようと言うのか!」


 言い返してこないので、これは村に籠もっていたな?

 それが悪いとは言わないが、現場では世界が変わりつつあるのに、ずーっと旧来の世界のイメージのままで、変革ばっかり口にするのはアレだぞ。

 迷惑千万だ。


「こうなれば、わしの力を全力で使って、この場でお前を倒す!! ぬわーっ!!」


 ドンドンの気配が膨れ上がった。

 魔力を纏って変身する気である。

 だが、まあどうなっても勝敗は変わらんので、さっさと決着をつけることにした。


「ていっ! デッドエンドインフェルノパーンチ!」


 世界を焼き尽くす炎を凝縮して拳に纏わせ、俺はドンドンをぶん殴った。


「ウグワーッ!!」


 ドンドンは一瞬で燃え尽きて消滅した。

 勝利である。


 周辺を覆っていた雨雲が、サパーッと晴れた。

 ドンドンっぽい魔力も完全に霧散して欠片も残っていない。

 終わった。


 もしかしたら逃げたかもしれないが、今はドンドンに構っている場合ではない。

 葉物野菜を育てられる農家の人をスカウトせねばならないのだ。


 村に戻ると、ざわついていた。


「そ、空を覆っていた雨雲が!」


「ドンドン様の魔力も消えた!」


 俺は彼らに教える。


「俺が消した……。それはそれとして、誰か勇者村に移住しないか? 葉物野菜を育てられる人が必要なのだ! 我が勇者村の食生活をより豊かにするために!」


「ドンドン様を消した!?」


「それを、それはそれとしてで片付けたぞ!」


「恐ろしい神だ……!!」


「ドンドン様よりもチンゲンサイとかの方が大事だったのか……!」


 ざわざわしている。

 そして誰も名乗り出る勇気が無いらしい。

 なんということだ。


 俺は自主性を重んじるので、やる気がない人はこなくてよろしい。

 ぷいっと彼らに背を向けて、村を去ることにした。


 すると、村のはずれの、あまり土壌がよろしくなさそうなところで、それなりのチンゲンサイ畑が広がっているのが見えた。

 そこでは、村人に加わらず、年をとった農夫とその息子らしき人がせっせと仕事をしている。

 おや、服から覗く顔や腕がもふもふとしていて、黄色と黒の縞々だ。


 ウェアタイガー、セントラル帝国風に言うと、虎人だな。


「やあやあ」


 俺は彼らに挨拶した。

 すると、二人はびっくりして顔を上げる。


「おや! 村が騒々しいと思ったら、なんですかな」


「俺は勇者村から来た、ショートと言うものだが」


 勇者、ショート、の単語で、年老いた農夫はピンと来たらしい。


「まさか、勇者様!? 破天荒かつ正義感に満ちていて、汚い手を使ってでも敵を滅ぼす手段の選ばなさから、絶対に敵に回してはいけないと言われている、あの勇者ショート様ですか!」


「なんてひどい噂だ」


「この人が、親父がいつも言っているショートなのか!? へえ……」


 虎人の息子が、しげしげと俺を眺める。


「で、そのショートが何の用だ? 俺たちは畑仕事で忙しいんだ。なにせ、村の連中から爪弾きにされて、こんなひどい土地しか使わせてもらえないんだ」


「こ、こら、フー!」


「本当のことだろ、親父!」


 なるほどなるほど。

 どうやら彼らは、異種族ということと、ドンドン教に与さなかったことで村八分になっていたようだ。

 だが、それでこれだけのチンゲンサイ畑を作れるとはなかなかのものである。


「お前たち、勇者村に来ないか? 実は葉物野菜を育てられる農家をスカウトに来ていてな。ドンドンとやらをついでに倒したが、村人は誰も来ないそうで困っていたんだ」


「ドンドンを倒した!?」


 父親の方が目を丸くした。


「へえ!! そいつはすげえ!」


 息子のフーがにんまり笑う。


「なあ親父! こいつはチャンスだぜ! あのショートが俺たちを誘うって言ってるんだ。新天地で野菜を作ろうぜ! それに、今より悪いことになることはねえよ!」


「うーむ……しかし、育てた野菜が……」


 父親が、野菜畑を見渡している。

 確かに、育ったチンゲンサイを置いていくのも心苦しかろう。

 野菜は農家にとって子どもみたいなものでもあるからな。


「問題ない。畑ごと持っていこう。俺の念動魔法でここら一帯を浮かせる。ツアーッ!!」


 俺が気合を込めると、大地が鳴動し、チンゲンサイ畑が全て浮いた。


「ウワーッ!!」


 親子が驚いて腰を抜かす。

 俺はこの隙に、彼らも念動魔法で浮かせた。

 そして、フワリと飛び上がる。


「勇者村に行くぞ。いいところだぞ。期待しているがいい……!」


 葉物野菜の農家をゲットした俺のテンションが留まるところを知らない。

 畑と親子とともに、俺はセントラル帝国上空を通過。


 勇者村へと帰還していくのであった。


 なお、後日、空を飛ぶ畑を見たというものが帝国に続出したそうである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る